TECHNO-FRONTIER 2020 技術シンポジウム

第35回 電源システム技術シンポジウム インタビュー

東京大学 大学院 新領域創成科学研究科
先端エネルギー工学専攻 准教授
藤本 博志 氏
(左から二番目)

トヨタ自動車㈱ パワートレーン先行統括部 主査
岡村 賢樹 氏
(左から一番目)

日産自動車㈱ e-POWERプロジェクト推進グループ 
パワートレイン 主管
羽二生 倫之 氏
(左から四番目)

日産自動車㈱ パワートレイン・EV制御開発部
EV・HEV制御システム開発グループ 主管
吉本 貫太郎 氏
(左から三番目)


 2019年開催のテクノフロンティア「電源システム技術シンポジウム」には多くの技術者に参加をいただきました。現在、2020年の「電源システム技術シンポジウム」に向けて、開催内容の検討が進められています。今回、各自動車メーカーの技術者に「EVにおけるパワエレ」をテーマにお話していただきました。

自動車メーカーが集結


--- みなさまの現在のお立場を教えていただけますか?
(藤本)東京大学 大学院の先端エネルギー工学専攻で教鞭をとっています。専門は、制御工学とパワーエレクトロニクスです。特に「電気自動車の運動制御と自動運転」「ワイヤレス給電」に取り組んでいます。それ以外にも工作機械等精密位置決め装置の制御技術についても研究をしています。
(岡村)トヨタ自動車、パワートレーン先行統括部に所属して、HVやEVを中心とするxEVでの次世代電動パワートレーンの研究開発をしております。具体的には「燃費」「走行性能」「充電」等に関する開発になります。また、最近、ニュースでも取り上げられたスマートシティに向けた取り組み「Woven City」(ウーブン・シティ)にも関わっています。
(吉本)EVとe-POWERという日産のパワートレインの制御開発を担当し、チームを率いています。エンジン開発部門とコラボレーションし、プロジェクトの要求に従って、e-POWERの制御を開発するのが主な業務です。以前は研究所でパワーエレクトロニクスの研究をしていました。
(羽二生)私の役職名「パワートレイン 主管」のとおり、日産のパワートレイン、 特に、e-POWERシステムの全体の取りまとめをしています。本日はこれだけの各メーカーの技術者の方が集まっておられますので、刺激的なお話が聞けるのではないかと思います。普段はコストを管理する厳しい業務をしているのですが、今日は夢のあるお話を聞くことができるのではないかと楽しみにしています。


xEVにおけるパワエレ技術の歴史


--- まず最初に「xEVにおけるパワエレ技術の歴史」について、お聞きしたいと思います。
(岡村)xEVはハイブリッド自動車や電気自動車の総称になりますが、その歴史は鉄道にたどることができると思います。1990年代にパワエレの技術が進化したのには、理由があります。
ベクトル制御と呼ばれる交流モータを直流モータのように動かせる制御系ができて、さらに、ハードもサイリスタからIGBT(Insulated Gate Bipolor Transistor、絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)に移行して、シンプルに動かせるようになったからです。
90年代にこの技術が鉄道で用いられるようになり、97年にプリウスを発売できたのもベクトル制御とIGBTという組み合わせよるところが大きいです。
更に、自動車は、より低損失の要求が強く、モータも永久磁石型を採用しました。耐久性を持たせなければならない、信頼性を高めなければいけないということで、ここからパワエレ技術の歴史がスタートしたと言えるかと思います。
その後、より普及を進めるため、低コスト化が推し進められます。「損失半減」「コスト半減」に取り組み続けてきたから、パワエレの技術が鍛えられてきたと言えるのではないでしょうか。
一言で「コスト削減」と言いますが、これは非常に難しいことです。信頼性を担保したまま、部品を小さくしたりしなければならないため、技術者の能力が非常に鍛えられます。自動車の場合は鉄道と違って、閉じられた世界の中で電気を処理しないといけません。その困難さがあるので、統合制御の技術が進化してきたわけです。

--- 電気自動車はどうだったのですか?
(羽二生)日産は、LEAFを2010年に発売しました。実は日産のEVの歴史をたどると、戦後に「たま自動車」という会社がありまして、そこにつながっています。
弊社が早かったのはリチウムイオン電池を用いたことだと思います。LEAFの開発以来、我々が開発してきた電気自動車全てにリチウムイオン電池を使っています。言い換えれば、リチウムイオン電池をどのように使うかが弊社のユニークなところだったとも言えます。
ハイブリッド自動車も電気自動車も、モータだけで走行させるのはとても難しいことです。例えば、熱の問題がありますし、EVの場合は充電時もシステムが起動しているので、評価パターンが違ってきます。
1990年代後半にZEV法(Zero Emission Vehicle)に伴い、電気自動車が登場した当時、アメリカ、カリフォルニアで一気に普及が進んだのですが、その後、ハイブリッド自動車が市場の中心に変わりました。ようやく2010年になり、環境意識が高まる中で「そろそろ電気自動車の普及が進むのではないか」と各社が考え、再び電気自動車に力を入れるようになりました。今では当時よりも多くの種類の電気自動車が発売されていますが、2010年当時はテスラと三菱自動車のi-MiEVぐらいしかありませんでした。
(藤本)リチウムイオン電池を初めて使った量産車は、LEAFとi-MiEVですよね?
(羽二生)そうですね。それ以前に開発されたクルマもありますが、「量産」という意味ではLEAFとi-MiEVになりますね。


xEV開発で苦労したこと


(藤本)電気自動車の黎明期には、リチウムイオン電池の安全性を不安視する向きもありました。
(羽二生)LEAF発売時、開発に関わったのですが、安全性には最大限の注意を配りました。今でも大変厳しい基準で開発をおこなっています。日本では大きな震災があり、水没したクルマもありましたが、その時も事故は発生していません。二重三重のガードをして作り込んできた結果だと思います。
(岡村)電気自動車を水中で走らせたり、衝突試験をおこなったりしている様子を拝見したことがあるのですが、それ以上に目に見えないご苦労があるのではないですか?
(羽二生)おっしゃる通り、電気自動車の開発では我々もたくさんの課題にぶつかりました。例えば、各国のコンセントの形状に代表されるように、さまざまな電源環境に対する適合性です。グローバルな商品ですので、各国の環境に対応しなければいけないわけですが、それぞれの国でコンセントの形状やアースの取り方などが違います。そういったところに非常に苦労をしました。
(岡村)日本の都市部の場合は、戸建てではなく集合住宅に住んでいる方が多いので「充電をどのようにするのか」もポイントになりますよね。
(藤本)ヨーロッパも自宅に駐車場があるわけではなく、路上駐車が多いですよね。日本と似た駐車環境であると思います。
パリでは街中にEV専用の駐車スペースがあり、駐車がしやすいので、それがEVを購入する動機になっているようですね。充電も無料です。ノルウェーの友人に聞いたら「EVを買わない理由はない」と言っていました。クリーンエネルギーを推し進める環境ができているわけです。ですから、日本も変わっていかないといけないですよね。今よりさらに充電しやすくする環境を整えるべきだと思います。
ゆくゆくは走行中給電というのが、私が目指しているところです。そうすると充電を気にしなくてもよくなります。そこまで行くといいと思います。
まさにスマートシティですね。


xEVにおける日本の現状と課題


--- グローバルな視点からみて、日本の技術がどのようなものであるのかをお聞きしたいと思います。グローバルにみて、日本の技術はどのようなレベルにあるのでしょうか?
(藤本)自動車の電動化では日本の技術は圧倒的です。世界一と言って良いかと思います。早い時期から電動化に取り組んでいるため、歴史があり、技術の蓄積があります。詳しくはメーカーのみなさんにお話いただきたいですね。
(岡村)「世界一」と言っていただきましたが、海外メーカーからの追い上げもあり、厳しい環境にはなってきていると思います。特に部品単位でそれを感じます。例えば、モータの生産技術をとってみても、以前とは状況が変わってきています。中国メーカー等、非常に品質が向上しています。後発メーカーの場合、最先端の技術を持って参入することができるので、あっという間に追いつくことができるからです。そういう状況強い危機感を持っています。
部品単位では追い上げを感じることもありますが、垂直統合ではまだまだ日本メーカーは強みを持っていると思います。排気ガス規制に対するエンジン性能等、電動化にすり合わせる面については、日本メーカーは非常に高い技術を持っていると言ってよいかと思います。
弊社の場合、特にハイブリッド技術に関して先行している部分がありますが、一方で電動化についてはエンジンがなくなるわけですから、参入障壁が下がってきているのも確かだと言えます。
言ってみれば、水平分離型のビジネスモデルができつつあるわけですが、そのように環境が変化していく中で、どの点で優位性を作り出していくかを必死に考えているところです。
(羽二生)私も同じ意見です。日本メーカーの技術力は優れていますが、海外メーカーも確実に進歩しています。特に、中国のものづくりにはめざましいものがあります。電池等の材料は自国でカバーできるし、モータの磁石もユニークなものを生産しています。最新設備の導入も進んでいます。パワエレ業界は設備産業の側面が強く、安い土地を買えて、最新設備を導入し、大規模で生産できるのは強みになります。
しかし、クルマとしてのまとまり感を作り出すという面では、アドバンテージがあるのかなと思います。水平分業と垂直統合型のすり合わせるという難しい作業をして、細部まで作り込みして統合させるところは日本車にアドバンテージがあると思います。
ただし、岡村さんもお話されたように、EVの場合、水平分業と垂直統合の範囲が狭いので、うかうかしていられないとも考えています。実際、e-POWERに似たクルマも出現しています。複雑性が少ない分、作りやすいんですね。全体の作り込みはまだまだといった感じですが、高いポテンシャルを持ったクルマが出てきています。
自動車の場合、カタログスペックに表すことができないような「走り」の味が大切で、そこが各メーカーの力の入れどころだと思います。つまり、発電システムからトラクションの部分です。どのように走り味を作るか、その部分はまだ先行しているかと思います。そこにどれだけお客様が価値を見出していただけるかが次のポイントですね。カタログスペックの数字も重要ですが、スペックに現れない「安心性」や「走り心地」に配慮して開発に取り組むようにしています。
(吉本)海外メーカーのEVには「LEAFをベンチマークされたんだな」と思うクルマがあります。確かにカタログのスペック上はほぼ同等ですが、走りが違う。形状など目に見える部分は同じでも、制御等の見えない部分が違うわけです。そういった部分では、確実に日本車にアドバンテージがあるかと思います。目に見えない作り込みの部分・深さ・横の広がりでは優位点があるかと思います。
(藤本)海外メーカーと差別化できる点は「いかに乗りやすいか」だと思います。それを実現しているのが制御技術であって、モデルベースでインバータなどを開発している。その部分が海外メーカーよりも優れているというお話を聞くことができて、安心しました。
(岡村)海外メーカーが非常に早いスピードで開発をしていることを省みると、今の日本の課題は「スピード」と「チャレンジ」なのかもしれないですね。大きな企業になり、保守的になってしまっていると言えるかもしれません。もちろん、「品質」「安全」を最優先にしてしまうと、そうなってしまうわけですが。それでも、安全性を担保しつつ、チャレンジしていくことが求められているのかもしれませんね。
(藤本)チャレンジャーとしての心を忘れず、ということですね。世界ではどんどん新しい技術が生まれてきますからね。
(羽二生)私もそう思います。「スピード」と「チャレンジ」は私たちも常日頃、考えているところです。中国の会社は色々と検討する前に、すぐに実際の試作を作ってみるんですね。まず作って、それから考える。我々も比較的早い段階から試作を作るようにしています。
LEAFも早くから試作を作り、その試作品を使って、社内で電気自動車を啓蒙したぐらいです。カタチがあるプロダクトが一番メッセージ性が高いですからね。それをもっと早いサイクルでおこなう。もちろん、安全性も大事なのですが、昔から続く開発スタイルから脱却しないといけません。

--- グローバルで勝っていくために、「チャレンジ」や「スピード」が重要になってきているのですね。
(岡村)もちろん、「品質」と「安全」は日本がこれまで取り組んできた大事な要素で、今後も大事にしたいと思っています。中国では、日本車が一時、不人気でしたが、最近、かなり盛り返しています。それは「品質」に理由があると言われています。中国の方に「なぜ日本車を買うのですか?」と聞くと「日本車は品質がいいから」とおっしゃる。やはりそこは非常に大事なのだと思います。これからも大事にしていきたいですね。クルマは人の命を預かっているわけですから。
昨今は、「自動運転できるようにすること」が第一目的になっていますが、我々はそうではなく、ガーディアンという考え方で「ぶつからないクルマ」という方向性でまず考えています。「運転支援」としての自動運転ということですね。とにかく交通死亡事故をゼロにしたい。「自動車のネガティブな部分を完全に無くしていく」という思想のもとに、自動運転の技術を使って、「ぶつからないクルマ」を作っていきたい。これが日本メーカーが進めるべき考え方なのではないかと思います。


日本メーカー間での連携


(藤本)15年程前は、「お客さんは安全性にお金を出さない」と言われていました。しかし、今は自動ブレーキが装備されていないクルマは売れないですよね。安全装備が充実しているのが、当たり前の時代になったと思います。
単純な安全ブレーキということでは、海外メーカーでも装備が標準化されていくと思います。でも「どのクルマが最も安全か」という勝負になった時に、「最大減速力を出せる」等といった性能が重要になる。つまり、xEVでは、パワエレと制御の技術が勝負になると思います。
(岡村)そうですね。先週も北海道で電動モータの検証をしてきましたが、再度、電動モータの良さを確認しました。駆動力が大変優れています。この技術をさらに進めて、交通事故ゼロの社会を進めていきたいと思います。
(羽二生)日産では、自動車のネガティブな課題を「エネルギー・環境の問題」と「渋滞や交通事故」だと考えています。これらの問題に対応するのが、カーメーカーとしての責務だと捉えています。課題解決のためには、3つの柱があります。それが「電動化」「自動運転」「コネクテッドカー」です。高度な制御によって、安全をどうやって担保するか。
日本だけではなくグローバルで、高齢化が進んでいますよね。世界的にますます大きな問題になっていくでしょう。安全・安心なクルマを日本から発信していくことが重要なテーマになっていくかと思います。社会問題を捉えて、どのように安全技術を高めていくか。それが日本メーカーにとっての課題です。高齢者ドライバーの挙動に対して、どうやってサポートするか。次世代には、そういったきめ細やかさが求められていくのではないかと思います。
(岡村)私たちは課題を解決できる立場にいるわけですからね。死亡事故を減らしていくためには、どのような理由で死亡事故が起きているか、その原因分析から始めなければいけないですよね。
(藤本)前を走行しているクルマがトヨタ車ではない場合もありますよね。
そういった場合でも車両間で情報をやり取りできるように、メーカー間で標準化していかないといけないですよね。
(岡村)そうですね。ですので、安全性の部分については競争ではなくて、協調していかなければいけないと思います。
(藤本)そういった連携はまだまだ、これからですよね。
(羽二生)地図に関するところは、メーカー間で連携が進んでいますね。通信は全部のクルマで情報をやり取りできないと意味がないので、オープンソースのようにしていくべきだと思います。
(藤本)そういった連携が進めば、パワートレインでやれることがたくさんあると思います。例えば、「事前に減速させる」等ですね。
(羽二生)そうですね。最後に行き着くところは制御だと思います。先ほどのお話のように「作り込み」が日本の強みになるでしょう。
(吉本)「電源システム」の「システム」の部分が大事ということですね。
(羽二生)今日お話を聞いていく中で、会社は違えど、思いは同じであることがわかりました。
日本は狭い国でありながら、有力な自動車メーカーがたくさんありますから、その点はある意味、強みなんですね。連携がうまくできれば、世界で通用する技術が生まれると思います。
(藤本)日本車のシェアがこれだけ高いわけですから、競争する部分と協調する部分を分けることで連携できる部分が増えていくといいですね。
逆に、欧州メーカー等が一致団結して、連携を強めてしまうと、日本だけが取り残されてしまう可能性もあるわけですから。

今後の課題と展望


--- 最後に、今後の目標・展望をお願いします。
(岡村)イノベーションを加速するために、少なくともまずはトヨタグループの中だけでも協調性を高めていきたいと考えています。まずはグループの中だけでも協調していく。ホーム&アウェイという言い方を私たちはしていますが、集約・統合を進めています。さらに将来的には、枠を超えてオール・ジャパンで新しい技術の創造に取り組んでいければいいですね。
(吉本)電動パワエレシステムや自動運転によって、制御と電動化の領域が拡大しています。どのようにお客様のニーズに対応していくか。それが企業としての課題になるかと思います。また、社内での若手技術者の育成も課題です。どのように技術者を育てていくか。それがうまく成功すれば、日本の産業全体も押し上げていくことができるかと思います。「電動化」「自動運転」で日本初の技術を生み出すには、人を育てていくことが課題だと思います。我々の世代が技術をちゃんと継承していくことも大切ですが、次の世代も盛り上げていきたいと思います。
(羽二生)今、いろんな産業でその構造が変わってきています。この変動をどのように捉えていくか。新しい形態への移行も必要かもしれません。人間はより便利になることを求めるわけですが、カーメーカーとして、先ほどお話をした自動車のネガティブな側面を解消できるようにしていき、利便性や楽しさ等の数字で表せられない部分を拡大していきたいです。
既存の枠組みにとらわれない取り組みに挑戦できるよう、柔軟性のある組織にしていきたいと思います。私の肩書きはパワートレインですが、パワートレインだけで売れる時代ではないと思います。「電動化」「自動運転」のクルマができる前提で、どのようにお客様に利便性を提供できるか。新たな価値をお客様に提供していくことができるか。それを進めないと取り残されてしまうという危機感を常に持っています。そのために「スピード」と「チャレンジ」を可能にする組織にしていきたいです。
(藤本)目標はインホイールモータと走行中給電の実現です。長年取り組んできましたが、日本のカーメーカーとともに完成させたいですね。インホイールモータにはコストの面などいろんな課題があります。一方で制御性能がとてもよくメリットも多くありますが、量産車で実用化されていません。それをなんとかしたいと思っています。
 EVへの停車中ワイヤレス給電は実用化が少しずつ始まっていますが、走行中給電は、これからが研究開発と実証試験において世界中の競争が本格化します。この両方のテーマにおいて、オープンイノベーションでみなさんと一緒に取り組んでいきたいと思っています。
最後に人材育成です。これは大学の役割としてのことですが、人材を育てて、みなさんのようなメーカーで活躍してもらうようにしていきたいです。


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