TECHNO-FRONTIER 2020 技術シンポジウム

第28回 バッテリー技術シンポジウム
講演者インタビュー

講演者インタビュー
マクセルホールディングス 取締役会長
ビークルエナジージャパン 取締役会長
千歳 喜弘氏


黒子から表舞台へ

従来は電化製品のサポート役、いわば黒子の立場であった電池は、これからメイン、表舞台に立つことになる―
「だからこそ、いまが大事な時期だ」と語るのはマクセルホールディングスの千歳会長だ。
困難であったリチウムイオン電池開発を支えた強い想い、技術者のあり方、そして産業の未来について聞いた。

二次電池は後発だった


 当社の創業製品は乾電池です。
1961年に創業、63年には国内で初めてアルカリ乾電池の生産を開始しました。それだけに電池に対する思い入れは強い。
 いまなお、マイクロ電池を中心とした一次電池は、当社の主力事業の1つです。「マクセル」という社名は創業製品である乾電池のブランド名であり「Maximum capacity dry cell」(最高の性能をもった乾電池)に由来します。
 一方、二次電池は後発です。当社がいま注力しているリチウムイオン電池を事業化したのは、1996年のことでした。
 私自身は1971年にマクセルに入社して以来48年間、マクセルと共に歩んでいます。オーディオカセットテープやVHSテープの開発などに携わった後、担当することになったのがリチウムイオン電池の開発・事業化でした。それまで培ってきた磁気テープの分散・塗布技術が、リチウムイオン電池の電極作製に応用できるものであったからです。リチウムイオン電池の基幹部材である電極は、材料を均一に混ぜて塗り、それを巻いてから缶に詰めるものなので、高性能な電極作製には磁気テープで培った技術を活かすことができました。
 ニッケル水素二次電池を手掛けていたこともありますが、当社の独自技術によって差別化を実現できるのは、やはりリチウムイオン電池であると判断し、そこに経営資源を集中させ、リチウムイオン電池事業に注力する決断をしました。当社のリチウムイオン電池はモバイル用途から始まり、産業用途に展開、また2019年3月にはINCJ、日立オートモティブシステムズ、マクセルの3社での共同出資によりビークルエナジージャパンを立ち上げ、ハイブリッド車用の車載用リチウム電池の事業へと領域を拡大させています。


産業機器向けラミネート型リチウムイオン電池(左)とモバイル機器向け角形リチウムイオン電池(右)

完成できれば勝てる


 私がものづくりにおいて常に意識しているのは「差別化」です。後発だったリチウムイオン電池において業界トップクラスの評価をいただいたのも、一次電池と磁気テープにより培った当社の独自技術を活かし、他社に真似できないものを開発できたからです。大量に安くつくった製品を供給するのではなく、技術力による付加価値を提供しつづけ、「差別化」することでお客さまにしっかり選んでいただく、それが当社のビジネスモデルであり、そうすることで事業の面白さを感じることができるのだと思います。
 一方で、「差別化」された製品をつくるのは非常に難しいという問題があります。たとえば、リチウムイオン電池を開発した際は、当社独自の「かんけつ塗布」の技術を確立するのに本当に苦労しました。これは決められた電池寸法のなかに多くの電極を詰め込むために、薄い金属箔に、一定間隔で粉末状の電極材をむらなく薄く塗る技術です。ある一定間隔を保ちつつ、均一に塗布することが大変難しく、もうできない、無理だと思ったこともあります。しかしこの技術を完成させてこそ、リチウムイオン電池の市場で勝てるはずだと信じていました。だから必死でした。
 こうして「間欠塗布」技術を突き詰めたおかげで、高容量という大きな強みをもったリチウムイオン電池を完成させることができました。
 事業を行うからには勝たないといけません。だからこそ「差別化」が必要なのです。源泉となる技術をもとに、「他社製品とここが違う」と自信をもっていえる製品を考え、つくることが大事です。当社グループには独自の電極作製技術による高容量化という強みに加え、新たにビークルエナジージャパンのバッテリーマネジメントシステム、すなわちバッテリーの動作をコントロールする技術が加わりました。このような制御技術の多くは自動車メーカーがもっているのですが、当社グループは、電池を熟知したうえで、より電池の性能を引き出し、長持ちするようコントロールできる制御技術までをもつ、他に類を見ないユニークな電池メーカーになります。
「差別化」は、非常に微細な差異から生まれるものです。特にリチウムイオン電池には、デジタルだけでは解明できない未知の領域が多く残っています。リチウムイオン電池を発明し、ノーベル化学賞を受賞された旭化成の名誉フェロー吉野彰さんとは長年親しくさせていただいていますが、彼でさえ「リチウムイオンというのはほとんどわかっていない」といっているほどです。そのようなリチウムイオン電池において、当社はアナログ技術をベースに数値では測れないような微細な差異の積み重ねとノウハウによって、他社が真似できない製品をつくりつづけています。
 しっかりとした「差別化」による付加価値があり、その価値が顧客に認められるのであれば、どれくらいの収益が望めるかも、見えてくるはずです。ただし、そのことを経営層に説明し、皆の同意が得られるような最大公約数的なアイデアは、すでに古くなってしまっていて、モノになりません。その後すぐ製品化に動いたところで、競合に遅れを取り、ビジネスとしては成功しません。
 むしろ皆が反対しているなかで1人だけが賛成するような新しいアイデア、斬新さにこそ、「差別化」の源泉になる可能性が秘められています。もちろん失敗する可能性もありますが、まずは信じてやってみるしかありません。当社の場合、幸いなのはニッチで小ぶりな事業が多いことです。ひとつ失敗したからといって終わりではない点は、当社の強みかもしれません。

「谷」を越える人材


 私がいつも話しているのは、技術者はT型人材であるべきだ、ということです。ひとつの専門分野を深掘りすることは絶対に必要ですが、それだけでは時代の先行きを読めません。そこで横方向に分野を広げ、博学であることが重要になります。私自身もたとえば心理学など、一見すると技術に無関係に思える分野をいろいろと学びました。
 また、技術者には成功体験が欠かせません。不思議なことに、開発をしていると必ず、なかなか乗り越えられない「谷」のようなものに直面します。しかし、谷に落ちても横方向の幅広い知見があれば、また谷を登るアイデアが生ま
れる。こうした成功体験を通じて、技術者は谷を乗り越える術を学んでいくのです。
 成功体験を積むためには、若いうちに一度は仕事に没頭する時期が必要になるでしょう。成功体験がないと、仕事がうまくいっても90点どまり。谷を越えることができません。
 私が「間欠塗布」技術を確立できたのも、それ以前の磁気テープでの成功体験のおかげです。「間欠塗布」技術の確立には6カ月かかりましたが、ビデオテープの開発には3年かかっています。苦しみぬいて、それでも何とか谷を越えられた経験があったからこそ、諦めずに前に進むことができたのです。
 若い技術者にも、成功体験を積ませたいと思っています。会社は、そうした技術者を守らなければなりません。いま技術者の海外流出が問題になっていますが、リチウムイオン電池事業も同様の問題を抱えています。
 半導体や液晶パネル事業は、日本企業が市場をリードしていた頃はよかったのですが、やがて中国や韓国の企業が台頭すると、日本の技術者は海を渡ってしまいまし た。それは日本の産業界が技術者を冷遇してしまったからではないかと思います。日本はものづくりの国なのに、これはおかしい。
 技術者がもつ強みを分析したうえで、会社がそれをどう守り、事業に活かしていくのか。それを考えるのが経営だと思っています。
自分でいうのもなんですが、技術者というのは、わがままで思い込みが強いものです。そしてモチベーションが続かなければ名案も思い浮かびません。楽しいからこそ寝ても起きても考えて、新しいアイデアを生み出せる。経営者として、そんな環境をつくりつづけたいと思います。

新しいステージへ


 一方、経営者はというと、常にクリエイターでなければならないと私は考えています。マーケットが刻一刻と変わっていくなかで、将来どんな新しい製品が求められるようになるのか想像し、形にしていくということです。
 私の経験からいうと、どんな製品でもモノになるまでは5年から10年かかります。10年先の未来でどんな製品が売れるか、わかるわけがありません。しかし、それでもクリエイトしなければならない。
 パワーゲームで勝負しようとしたら、海外の企業には絶対に勝てません。10年後はこうなるだろうと予測し、差別化による高付加価値製品を準備して戦う。これ以外に勝つ方法はないのです。
 幸い、電池というものは、これからますます世界の環境対策においてキーになってくるデバイスです。元来、エネルギーと環境は相反する要素ですが、「エネルギーを貯め、安定供給する」電池は環境をサポートできるもの。これからはよりいっそう、重要度を増していくことでしょう。
 従来、電池は何かを「サポートする」側にありました。自動車を動かすため、あるいはIoTのためのエネルギー源の位置づけでした。しかしこれからの10年は、電池が前面に出てくる時代になると思います。
 電池のおかげで環境が守られる。電池が黒子から表舞台へと移る。新しいステージがやってくるのです。当社にとっても、大きなチャンスです。
 付け加えるなら、電池は日本の強みを活かせる領域でもあります。日本の強みは、異なる要素をすり合わせ、融合させる文化です。これは世界に類を見ない強みです。そして電池とはすり合わせ技術の最たるものです。だからこそ日本は、世界で勝てる電池を生み出せるのです。
 電池事業は日本に残していかなければならないと私は強く思います。日本には、かつて独壇場だった事業が海外企業に水をあけられたという苦い経験が多数あります。
 電池事業はそうなってはならないのです。アナログ的なすり合わせ技術が必要であり、電池をつくりあげるプロセスにも数多くの高度なノウハウが要ります。そのような電池において差別化できる技術力が日本に存在しています。リチウムイオン電池に関わって20年間、私はそう言いつづけてきました。吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞されたことは、まさにそのことの証明だと感じています。
 この先の10年は、リチウムイオン電池の高容量化、高性能化がさらに加速し、その先には次世代電池といわれている全固体電池もあります。差別化にあたってはますます難しい課題を抱えますが、それを突破する技術をもつのが日本であり、当社です。マクセルとビークルエナジージャパンがリチウムイオン電池の世界をけん引していく存在となるよう、これからも走りつづけてまいります。


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