Epson Precision(Philippines),Inc.(以下、EPPI)は1994年に創業し、現在主にプリンターとプロジェクターを生産しています。プリンターは製造を開始した1998年以降、着実に生産数量を伸ばし、2022年には累計1億台を達成。プロジェクターも2018年に累計1000万台を達成しています。EPPIでは現在約2万人の従業員が働いており、エプソングループの連結従業員数の約4分の1がEPPIの社員という計算になります。
当社は経営理念として、フィリピン社会とともに持続的に発展する「なくてはならない企業」であり続けることを掲げています。従業員数、輸出量ともにフィリピン最大級のメーカーとして、お客様のためだけでなく、フィリピンの社会のために、という点を重視。2万人の雇用を支える労働環境や通勤ルートの整備、自社のみならずサプライヤーを含めた再エネ利用、農村部での学校建設や教育支援など、経済、環境、社会への貢献を継続的に実施しています。
今回、ファクトリーマネジメント賞をいただいた活動は、2017年の第3工場竣工を機にスタートした①企業文化醸成活動、②スマート工場化への取組み“VISION2025”の2つを柱としています。この活動は、私を含め、EPPIの社長が3代にわたって取り組んできました。それでは具体的な活動内容について、前社長である武井より紹介いたします。
当社の第3工場は、プリンター製造強化のため2017年6月に竣工しました。完成後は、敷地面積と工場面積がそれまでの2倍に広がり、従業員数は2倍以上、取り扱う部品種数も約2.6倍に増加すると予想されたことから、増加した生産機種・数量と2万人の従業員の管理オペレーションが課題として浮かび上がりました。具体的には、従業員増による企業文化の弱体化、物流量増によるモノと情報の流れの混乱、部品種増に伴う内外部品の品質確保、生産を止めない仕組みづくりといった問題が想定され、その解決のために実施したのが、企業文化醸成とVISION2025活動を中心とした、スマートファクトリー化の展開です。
独自の企業文化醸成のため、私の前任者である6代目社長は、会社のプレジデントポリシーとして「SCCT」を掲げました。SCCTはSafety(安全)、Compliance(コンプライアンス)、Good Character(良いキャラクター)、Good Teamwork(良いチームワーク)から1文字ずつ取った言葉で、SCCTは業績に優先すると規定されました。
このうち、安全とコンプライアンスは、私の着任時すでに重要性が社内に周知され、活動として定着していました。しかし、「良いキャラクター」「良いチームワーク」は個々人でイメージが異なるため、それをどう社内に説明するかが非常に難しく、私はかなり頭を悩ませました。「教師と生徒」「スポーツのコーチと選手」など、さまざまな例を考えてローカルの従業員に説明したのですが、なかなかイメージが合いません。そこで思いついたのが、フィリピンのファミリーカルチャーを取り入れるというアイデアでした。
フィリピンでは家族のつながりが非常に強く、誕生会などのイベントには何十人も親族が集まり、分担して料理や飾り付けを行います。家族内の立場によって役割と責任が明確にあり、道徳観、愛情、助け合いの大切さも家族関係の中で学びます。そうした素晴らしいカルチャーを企業文化に翻訳して取り入れられないか、と考えたのです。
例えば、フィリピンの文化では、兄姉が弟妹に勉強を教えることは当たり前です。それを職場の役割にも当てはめ、職場の“末っ子”である新人は、“兄姉”であるリーダーがケアして導いていく。つまり、ファミリー内での「良いキャラクター」「良いチームワーク」をEPPIの企業文化における目指す姿として位置づけ、発信していきました。
具体的な施策として、正規従業員を目指す新人を対象に月例のフォロー会議やメンター制度を設け、新人が正規従業員になった比率に応じてメンターを表彰するなど、さまざまな取り組みを実施しました。さらに、これをEPPIの文化として定着させるため、ローカルトップを中心に企業文化の醸成を図る「CCEP活動」を展開。現在、「Family/Love and Care」「Safety」「JIT/5s」「Time Management」の4つのカルチャーが根付くよう、活動を推進しています。
スマート工場化の土台となる「VISION2025」は、6カテゴリー20テーマで構成されています。その構築においては、まず全工場が目指す姿のポンチ絵を描き、その各要素に対してそれぞれの部門がさらにポンチ絵を描くというスタイルを取りました。その際重視したのは、単に「やりたいこと」を書くのではなく、目標や期待されるメリットをロジカルに考え、手順も詳細に書くという点です。各テーマのすり合わせに最長9カ月かけて全体像を完成させ、それを図示して全従業員に伝わるよう工夫しました。
VISION2025に基づくスマート工場化の活動として、5つの具体例をご紹介します。
RFIDタグを利用し、部品納入、発注、コンベアによる仕分け、完成品の搬送・積み上げ、出荷、空箱回収という一連の流れを自働化。物流に関わる人員を大幅に削減することができました。
サプライヤーから完成品までの品質システムを完全接続し、一元管理できるトータルトレーサビリティシステムを構築。各工程で不良品の素早い保管・追跡が可能になり、後工程に異常部品が流れない仕組みができた結果、トレーサビリティの時間が大幅に短縮され、リワークの発生数量も減少しました。
フィリピンではまだ人件費が安いのですが、いずれ高騰した時に備え、人とロボットが共存するプロトラインの開発に取り組みました。ネジ締めやグリス塗布といった単純作業の自動化から始め、検査工程など習熟が必要な工程も積極的に自動化を検討。一方で、自動化してもスペースとコストが見合わない工程は人作業を維持し、人の手で行っていた工程の50%を自動化し、人員も6割を削減することができました。
パソコンを使えない従業員でも簡単に操作できるATMのような端末「KIOSK」を開発し、社内に60台設置しました。この端末では、休暇申請、健康状態の申告、給与明細の印刷、クリニックの予約、食事チケット配布など、さまざまな手続きが可能です。これまで紙で行ってきた2万人の労務管理が大幅に電子化され、総務部門だけでなく、各職場の上司の業務効率化も図られました。無断欠勤や退職率が低下し、新規採用にかかっていたコストも削減されています。そうした成果が認められ、エプソングループの優秀DX賞・共創賞を受賞しました。
2016年にものづくり道場を開設し、社内研修を実施しています。フライス盤、旋盤、メカトロニクスなどテーマを設定し、昨年は300人以上が技能を学びました。さらに、企業文化のCCEP活動にもあるJITに焦点を当てたJIT道場も設け、ローカルメンバーがマスターとなって現場に伝承しています。
今ご紹介してきた「VISION2025」は、2025年3月に最終月を迎え、約7割のテーマが完了しました。当初はある意味夢を描いたポンチ絵でしたから、7割という成果は素晴らしいものだと思っています。しかし一方で、テーマによっては進捗が芳しくなく、「実現可能性を十分担保できなかった」「停滞時のフォローが不十分」といった課題が見えてきました。これまでの振り返りを実施しながら、次期中長期ビジョンではさらなる進化・深化を目指していきます。
EPPIの次期中長期ビジョンは、ローカルのみなさんの発案で「SMART EPPI 2.0」と名付けられました。そこには、お客様にとって、さらにフィリピン社会にとって「なくてはならない会社」であり続けるために、デジタル、AI、自動化技術の活用によるスマートでフレキシブルな製造プロセス、サプライチェーンシステムの構築を通じて、お客様価値の創造、フィリピン社会の持続的発展に貢献しようという思いが込められています。今後は、ファミリーカルチャーを基盤とする独自の企業文化、強い組織、効率的なシステムを土台に、VISION2025で展開したスマート工場化をさらに深化させるとともに、サプライチェーン全体にその範囲を拡大していたいと考えています。
VISION2025を分かりやすい絵図で示して従業員に明るい未来を見せたこと、詳細に課題を展開してステップバイステップの計画を立てたこと、単に進捗確認だけでなく相談や支援をしながら実施を支えたことが、活動のポイントだったのではないでしょうか。現地審査では、ローカルの方がみなさんとても誇らしげに、明るく発表される姿が印象的でした。日本文化の押しつけではなく、フィリピンのファミリーカルチャーを尊重し、それを強みに変え、参加型の文化醸成をしたことが、2万人の心を一つにしたのだと思います。