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一般社団法人日本能率協会「日本企業の経営課題2022」関連記事企画 直面する経営課題の変化と日本企業が今、なすべきこと(前編)

慶應義塾大学総合政策学部 准教授 琴坂 将広氏 Release April. 2023

琴坂 将広氏
今こそ日本企業は「生きる意味」と「自信」を持つべき
2022年8月、日本能率協会(JMA)が1979年から実施している第43回「当面する企業経営課題の調査」が実施されました。この調査は日本の企業経営者を対象に、直面している問題とともに、将来、テーマとして浮上することが予測される課題をアンケートで集約することにより、企業が置かれた時代と環境の変化をつぶさに映し出しています。2022年の調査から見えてくる課題感について、経営戦略論、グローバル企業論の気鋭の研究者・琴坂将広慶應義塾大学准教授に読み解いていただきました。(取材・文:若槻基文、撮影:渡辺秀之、編集協力:東洋経済新報社)

「失われた20年」という概念にとらわれすぎ
――課題感の変化の背景を読み解く

JMAが実施した第43回「当面する企業経営課題の調査」の結果をご覧になった率直な感想をお聞かせください。

今回、過去の調査結果および、10年前と直近の結果との比較分析なども拝見しました。どんなに時代が変わっても、企業経営者が変わらず抱える悩みはあります。

今回トップ3に入っている「売り上げ・シェア拡大」「収益性向上」「人材の強化(採用・育成・多様化)」などは、いずれも企業経営の根幹に関わるテーマです。いかに売れる商品をつくるか、どうやって利益を高めるか、人材をどう育てるか、これらは歴史を通じて経営者の最優先課題であり、この先もつねに重要な課題であり続けるでしょう。興味深いのは、これらよりも下位にランキングしている項目の顔ぶれです。

「株主価値向上」の順位が10年前よりも高まっており、10年前にはランキングに入っていなかった「CSR、CSV、事業を通じた社会課題の解決」「リスク管理・事業継続計画(BCP)の策定」などが2022年の調査ではランキングに入るようになりました。こうした傾向は、自社の事業の収益性や成長だけでなく、社会に対する貢献、社会における役割にもより深く思考を巡らせる企業経営者が増えていることの表れなのだと思います。

経営者の課題感が変化する背景にはどのようなことがあるのでしょうか。

日本企業は長らく「失われた10年、20年」という概念にとらわれすぎていたと私は考えています。

「失われた」という言葉の背景には、「また元に戻れるはず」という期待があったと思うのです。しかし、停滞といわれる期間が長く続きました。「失われた30年」はさすがにもう意味をなさない言葉です。過去にすがり、過去のような姿を追い求めるのではなく、過去とは異なる経営のあり方を構築しなければならない。過去にすがっていてはもはや未来はないのだ、と多くの経営者がようやく腹落ちしたのではないでしょうか。

おそらく「企業ミッション・ビジョン・バリューの浸透や見直し」などが経営課題として重視されているのもそのためでしょう。自社の根源的価値観を再度見定め、未来に向けて新しい付加価値を生み出していかなければならない。経営者の皆さんの、変革に向けた意思が調査結果に表れている、そんな印象を受けました。

課題感の変化には、ほかにもいくつかの背景があると思います。

一つはガバナンスの側面。

近年、企業に対する社会の期待が変化しつつあります。単にモノ・サービスなどの価値を生み出す装置としてではなく、より明確に社会における役割を示し、社会に対して貢献してほしいという声が高まっています。むろん、メセナ、フィランソロピー、CSRなど長年にわたり企業が社会に対して貢献すべきという議論は存在していました。しかし、企業の力がグローバルにおいてより高まり、また世界経済が変革を遂げることが地球の持続性にとってきわめて重要になった現在であるからこそ、より踏み込んだ議論が行われているのです。こうした情勢を受けて、社外の立場から企業のガバナンスに関わる方々も、目先の業績や経営動向だけでなく、より中長期的にどのような価値を生み出し、社会にどう貢献すべきかという視点で、経営陣に課題を指摘するようになっています。

その結果、経営者の思考においても、株主価値やCSVなど社会と自社との関わりについての議論の優先度が高くなり、重要な経営課題として認識されるようになってきています。これは政府が主導してきたコーポレートガバナンス改革が、一定の成果をあげているという面もあるでしょう。

日本能率協会のインタビューを受けてくださった琴坂 将広氏

もう一つは、資本市場の要請です。

最近は短期的な収益性向上や株主還元を求めるだけでなく、地球環境の持続性や人類全体の成長を実現しなければならないと考える投資家が増えてきました。

世界最大の運用会社である米国ブラックロックなどはその典型例です。ブラックロックは、2022年末時点で8兆5900億ドルという巨額の資金を、長期でパッシブ運用しています。そういった投資家は個別企業のパフォーマンスだけでなく、人類社会や地球環境を持続可能にしなければならないという問題意識が強く、資本市場を通じて企業の資金調達や経営判断に影響を与えているといわれます。

世界経済フォーラム(WEF)やビジネスラウンドテーブル(BRT)なども、こうした動きを主導する存在と理解しており、日本の経営者の課題意識にも反映されているのではないでしょうか。

企業の根源的な価値観を明確化し、共有する仕組みが失われている

経営課題調査結果の10年比較(2012年/2022年)

現在、琴坂先生が注目されている経営課題があればぜひお聞かせください。

最も重要だと考えているのは、一言で言えば「コーポレートバリュー・アラインメント」(corporate value alignment:企業の活動と根源的価値観の整合性)です。従来の日本企業は、日本的経営によって、競争力を発揮してきました。その企業が長年信じてきた根源的価値観を、構成員全員で共有していることが、大きな強みであり、組織としての価値でした。しかも日本企業の場合、家族的な共同体を築き上げ、信頼をベースにした個人間・組織間の連携が自然発生的に醸成され、そこで価値観が共有されていた。そういう時代が日本では長く続いていました。

しかし、グローバル化や多様化の進展などを背景に、かつての共有プロセスが十分に機能しなくなっています。コーポレートバリューを定義している企業は多い一方、それが十分に機能している企業は限られています。共有している価値観もどこかフワッとしたものになってしまい、日本企業の集団としての一体感が失われ、同時にみんなが自信を失ってしまっています。これはきわめて重要な経営課題だと私は考えています。

そこで重要になるのが、「自分たちはなぜ一緒に働いているのか」「この会社は何のために存在すべきなのか」など、その会社が守るべき価値観を改めて明確にして概念化することです。しかも、従来の自然発生的な人的ネットワークに頼るのではなく、価値共有のプロセスを意識的につくり直して、経営システムに落とし込んでいくという課題意識を持つ必要があります。この議論については、2023年4月号の『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に「コーポレートバリュー・アラインメント:企業に根源的価値観を実装する方法」(https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9346)という論考が掲載されています。

自社の根源的価値観を問い直すこと、これは「働きがい・従業員満足度・エンゲージメントの向上」「現場力の強化」など、今回の調査で経営課題として挙げられている多くの項目とも、密接な関係がある論点だと思います。

自分が働いている会社の根源的価値観の理解がフワッとしたものになり、組織のメンバーが自信を失っているというのは非常に興味深いご指摘です。

なぜ自分は働いているのか、自分が所属する集団は何を実現できるのかといった根源的な問いを多くの人々が見失っているからではないでしょうか。

例えば、日本の自動車メーカーは、間違いなく世界有数のエンジニアリング集団です。これだけすばらしいエンジニアリング集団が本気で取り組めば、交通事故で亡くなる人の数を劇的に減らせるはずですし、たとえ内燃機関であってもCO2の排出量を大幅に削減できるでしょう。それによって人類は幸せになるはずです。

もちろん自動車に限りません。あらゆる業界において、イノベーションを起こすことによって人々は幸せになりますし、その結果、人類は前進していくでしょう。しかし今日、そういったことを意識しにくくなっているのではないでしょうか。

かつて生きる意味、働く意味を考える機会は、日本の企業内に自然発生的にあったはずです。例えば職場で、社員同士が日常的に密に連携を取ることで、仕事でこんなうれしいことがあった、悲しいことがあったと、エピソードの交換が行われていました。とりわけ、組織内で一定のポジションに就いている方々には成功体験の蓄積がありますから、エピソードの交換を通じて、生きる意味、働く意味について何らかのメッセージを伝えていくことになります。そうやって価値観が社内で伝播していくプロセスが、その企業独自の共有知を形成していったわけです。

しかし、ここ数年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により仕事のリモート化が進んだことで、エピソード交換の機会が一気に失われてしまいました。そのことが課題感を加速化させているのだと私は考えます。その影響も調査結果に表れていますし、こうした傾向は今後もより強くなるのではないでしょうか。

根源的価値観を共有する仕組みを人為的に構築してきたグローバル企業

価値共有のプロセスが失われているという課題は、コロナ禍以降、グローバル企業の間でも発生しているのでしょうか。

実は世界各国に拠点展開しているようなグローバル企業の場合、大きな課題にはなっていません。そもそも多様な地域に分散的なオペレーションを持っていて、人材の流動性も高く、定期的なミーティングも、コロナ禍のずっと前からリモートで行われていました。価値観がまったく異なる人々と一緒に働くのが当たり前の状態なのです。

そんな中で、1on1ミーティングから人事・評価制度まで、組織としての価値観を共有し、維持できるような枠組みを人為的に構築し、仕組み化してきました。あくまで人為的なので、日本企業ほどの強い一体感はないかもしれませんが、さまざまなインセンティブを取り入れることでプロフェッショナル人材のパワーを強力に引き出すことに成功しています。

日本企業の場合、人為的な仕組みよりも、人間同士のコミュニケーションやコラボレーションを通じて時間をかけ、入念に繰り返し、それを経て共通の価値観を共有していくのが強みの源泉でした。そういった意味で、コロナ禍で受けたダメージは日本企業のほうが大きかったと思います。

だからといって、海外のグローバル企業が構築した人為的な枠組みを、そのまま日本企業が取り入れればいいかというと、そうではありません。そもそも同じグローバル企業といっても、それぞれの地域または組織によって、根源的価値観の共創に向けて行われていることはまるで異なります。

重要なのは、それぞれの企業が、自社が追求すべき根源的価値観を明確化して、それを共有するためのプロセスを独自に設計して運用することです。

単純に、グローバル企業vs日本企業といった構図ではなく、追求すべき根源的価値観を言語化して、それを経営の枠組みとして落とし込んでいるかが問われています。
自分たちはどんな会社で、何を目指すのか。しっかりと考え抜いたうえで、それを根底に据えて、顧客体験と従業員体験をゼロから考え直し、実装し直していく。
自社の経営システムを、製品のつくり方やラインナップ、人事制度、あるいはオフィスのレイアウトなども含めて、根底から見直していく。その変革を、組織のメンバー全員で議論を尽くし、ときには衝突しながらも進めていくこと。こうした変革を、今現在において強力に推進しておかなければ、次の時代に生き残るべきではない組織になってしまいます。これが私の考える最も大きな経営課題です。

慶應義塾大学総合政策学部准教授 琴坂将広(ことさか まさひろ)氏
琴坂将広(ことさか まさひろ)
慶應義塾大学総合政策学部准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。博士(経営学・オックスフォード大学)。小売り・ITの領域における3社での起業を経験後に、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。北欧、西欧、中東、アジアの9ヵ国において新規事業、経営戦略策定に関わる。同社を退職後、オックスフォード大学サイードビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。上場企業を含む数社の社外役員・顧問、英国オックスフォード大学サイードビジネススクールのアソシエイト・フェローを兼務。専門は国際経営と経営戦略。主な著書に『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)、共著に『Japanese Management in Evolution New Directions, Breaks, and Emerging Practices』(Routledge)、『East Asian Capitalism: Diversity, Continuity, and Change』 (Oxford University Press)などがある。