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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

INTERVIEW
人事・教育部門評議員会 議長
ソニーグループ株式会社
執行役 専務
人事、総務担当
安部 和志

1984年、ソニー(株)入社。2014年、業務執行役員SVP。2016年、執行役EVP。2018年、執行役常務。2020年、執行役専務。2021年、ソニーグループ株式会社(ソニー(株)より社名変更)執行役 専務 人事、総務担当、現在に至る。

安部 和志 氏

業種と企業を超えてオープンに学び合い、
企業と人が成長し、価値創造を最大化する

―人事・教育部門評議員会ではどのような活動をしているのでしょうか。

人事・教育部門評議員会では、人の成長を企業の成長にどうつなげていくかについて、企業の人事責任者の方々が集まり議論しています。経営資源に限りがある日本において、大きな可能性を占めている人的資本からいかに企業の価値創造を最大化するか、同時に、そこで働く人々がいかに成長し続けるか、そのふたつを両立させることが重要なテーマです。本評議員会では、こうしたテーマについて各社の施策や課題を情報交換し、多面的な議論をしています。

―人事・教育部門評議員会の意義をどのようにお考えでしょうか。

個別の「人」という要素を除けば、われわれが抱えている課題、そして取り組みから得られる成果については、それほど機密性が高い内容ではありません。むしろ、お互いが良い実践を共有し合うことで、日本の経済界全体がさらに進化し、底上げにつながっていくと実感しています。日本経済を支える企業の人事責任者の方々の目で見えている課題や実践されている施策を議論し、情報共有する価値はとても大きいと思います。

参加する企業の業種やそれぞれの企業風土はもちろん異なりますが、共通の部分もたくさんあります。グローバルに事業を展開する企業も多くありますが、日本に本社を置き、日本の教育制度で育ってきた日本人の方々を企業の成長にどう貢献してもらうかという点では、横断的に共通の課題があり、すぐに活用できる施策も数多くあります。企業や業種の違いと同じくらい共通の部分があることを毎回の議論で感じています。

―今、「多様性」の重視が高まっています。企業で働く人々の多様性をいかに企業の成長につなげるか、どのようにお考えでしょうか。

日本企業はこれまで、グローバルな競争のなかで人を介した技術や製品づくりによって世界での存在感を示してきました。しかし、業務の標準化が進み、一人ひとりの力をより直接的に競争力を高める価値として表現することが求められるようになりました。ここ20年ぐらい、日本企業の競争力が低下しているように見えます。しかし、それは環境の変化に応じて人という財産からの成果を出し切れていないことだと思います。企業を構成する個人の資質は変わっていません。だとすれば、個人が資質を発出するための施策を企業側が打つ人的資本経営によって、競争力を高められる可能性は非常に大きいと思います。

今後、画一的な業務はAI(人工知能)をはじめとする、さまざまなプロセスへの置き換えが進んでいくなかで、一人ひとりの個の活躍が求められていきます。その自然の流れのなかで、日本企業の人事は、これまでの管理的な施策から、より個性を尊重する施策へと変化することにしっかりと向き合い、有効な施策を取っていかなければなりません。本評議員会のように、企業の人事に知見のある方々が集まって、人的資本経営について議論する意義はより高まっていると感じています。

―人的資本経営のテーマは社会課題として捉える必要があるとお考えでしょうか。

企業の成長と人の成長を同時に果たしていくために、それぞれの企業が単独で取り組めることはありますが、限界もあります。人々の働くことへの意識や雇用のあり方、就職する以前の学校教育のあり方について、社会全体で議論していくことが必要です。そういった社会の気運を高めるには、企業を超えた横断的な議論が必要であり、問題提起や提言を発信する母体として、本評議員会、そして日本能率協会への期待と役割はますます高まっていると思います。

しっかりと提言をすることによって、政府や教育機関、そして日本能率協会に参加されていない企業や団体が改革の気づきや方向性を得られます。提言していく役割は非常に大きいと思います。

そして、人的資本経営のテーマは日本だけに限ったテーマではないと思います。AIが人の仕事を置き換えていくことは世界中で起きています。人にしかできないことは、「個の力」と同意義になります。AIなどによって社会が進化するなかで、その進化に追いつくのではなく、日本らしい強みをどう見極めていくかが重要になると思います。

少々単純化すると、人からのアウトプットは「人数×働く時間×生産性」と言えます。「人数」は労働人口ですが、日本社会は人口減少が進んでおり、これ以上の増加は見込めません。「働く時間」は、これ以上伸ばすべきではなく、むしろ減らすべきでしょう。残るは「生産性」です。経営効率や働き方であり、ここには日本に大きなチャンスがあると思っています。

企業が持ち寄った知恵と「能率(効率)」によって企業の価値創造を最大化する。まさに、「日本能率協会」の名称にある通りです。企業の成長と社員の成長が両立して、はじめて持続可能な成長が実現し、さらには「持続性を持った競争力」へとつながります。その点でも人事・教育をテーマとする本評議員会の意義は大きく、今後、議論すべきテーマは極めて広範な領域に及ぶと思います。

―生産性の点で言えば、新型コロナウイルスの感染拡大によって、リモートワークという新しい働き方が一気に普及しました。対面でのコミュニケーションが失われる一方で、新しい可能性が顕在化したように思われますが、どのようにお考えでしょうか。

コロナという外的な制約によって、生産性をどう上げるかについて、大きな気付きが得られたと思います。環境の制約というと、マイナス面ばかり注目されますが、「制約はチャンスの裏返し」だと私は思います。

ソニーの歴史を振り返ってみても、制約から新しいものを生み出しています。場所にとらわれず音楽を楽しむことを可能にしてくれたウォークマン。リアルタイムでの放送を視聴する時間の制約から解放してくれたテープレコーダーやビデオレコーダー。録画すればいつでも再生できますからね。

意識の持ち方次第で、制約から新しいアイデアが生まれると思います。コロナは社会全体に与えられた想定外の制約です。その制約によって、いろいろな気付きが蓄積されています。それは、さきほどの「生産性」に大きく貢献しうるものだと私は考えます。

―日本能率協会に対する期待をお聞かせください。

参加する企業の業種や業態は異なるものの、共通のテーマは何かを議論し、情報発信していくことです。例えば、競争力です。競争力とは相対的なものです。相手がいて、勝つか、負けるか。その競争相手も環境の変化によって、どんどん変わっていきます。グローバルでの競争相手はかつて欧米企業でしたが、現在はアジアの企業へと変化しています。そのなかで高い競争力を発揮している企業から学ぶことが大切だと思います。海外企業の事例も含めて、謙虚に学ぶことによって、私たちの競争力を高められるはずです。

最終的な目標は日本の競争力を高めることです。だからこそ、世界で何が起きているのか、どういう施策が効果的なのかを、本協会に集まる人々が議論をすることが重要です。なかには海外での事業の割合が低い企業もあるでしょう。でも、そういった企業ほど、世界での進化を認識されれば、国内の事業をより強くできると思います。

近年、多様性の大切さがよく言われます。しかし、ただ集まればよいわけではありません。参加する企業同士が共通の課題を共有しながら、オープンに意見を交わし、異なる意見から学ぶことが大切なのです。日本は同質社会なので、その環境を意識的に作っていかないといけません。日本人には「違い」から謙虚に学ぶオープンな姿勢があると私は思います。

人事・教育部門評議員会では今後も、異質な情報や取り組みに触れる機会をできるだけ作り、同質化しないゆるやかな集まりを通じて「学び合う場」としての活動をしていきたいと考えています。