インタビュー商業空間・オフィスの
未来を考える展示会
「空間デザインで、『増幅』させる」
株式会社 丹青社
エグゼクティブ クリエイティブディレクター
洪 恒夫 氏(左)
山本想太郎設計アトリエ
建築家・一級建築士
山本 想太郎 氏(右)
洪 恒夫 氏株式会社 丹青社 エグゼクティブ クリエイティブディレクター
洪 恒夫さんは、ミュージアム、テーマパーク、博覧会、展覧会等幅広い分野の施設プランニング、デザイン、プロデュースを手がけられています。2002年からは、東京大学総合研究博物館教員を兼務されており、この「店舗・オフィスの未来を考えるワーキンググループ」にもご参加いただいています。
今回は「未来の商業空間・オフィス」をテーマにインタビューさせていただきました。その話題は「空間デザインをする上で大切なこと」「美術館とオフィス・商業空間の共通点」等、多岐に及びました。聞き手は、ワーキンググループの座長である山本様に務めていただきました。
「コミュニケーション」をデザインする
山本:洪さんのされている業務について、教えていただけますか?
洪:長年に渡り、企画や設計の仕事に関わってきました。最近はディレクターの立場で、空間づくりに取り組んでいます。博物館から展覧会、テーマパークやホスピタリティスペースなど、幅広く手がけています。
山本:洪さんのお仕事では、「東京大学総合研究博物館」が有名です。かなり特徴的な空間ですよね。
洪:ありがたいことに、チャレンジングなお仕事をさせていただくことが多いです。「インターメディアテク」もそうでしたが、新たなスキームのデザインを採用し、今までにない新たな付加価値を持つ、実験的な空間づくりを行っています。こういった施設は、オフィスや商業店舗とは異なっているように思えるかもしれませんが、そうではありません。総じて言えるのは、来られた方との「コミュニケーション」の空間であるということです。その根本は同じです。空間だからこそ可能になるコミュニケーションの最大化にこれまで取り組んできました。
山本:洪さんは、長く空間デザインに関わってこられており、この分野に非常に造詣が深い方でいらっしゃいます。人やモノのコミュニケーションにおける空間デザインの役割はやはり大きなものですので、今日はぜひ、洪さんがデザインに込めているお考えを伺えればと思います。
空間デザインが持つ
「増幅」させる力
山本:洪さんは、どのようなことを考えて、空間をデザインされているのでしょうか?
洪:心がけているのは「増幅」です。例えば、ミュージアムであれば、展示される作品が主役になります。その作品が持っている世界観を空間の中で、どのように表現するべきかをまず考えます。つまり、どのようにすれば、その作品の魅力や世界観を「増幅」できるかを考えるわけです。ここが、空間デザインの面白いところです。
これは、ミュージアムだけでなく、商業施設で商品を展示するときも同じです。作品や商品の価値を増幅させる力が空間にはあります。
料理で例えると、わかりやすいかと思います。料理をどのようなお皿に載せるか、どのように盛り付けするか、何を料理に添えるか、そういうことによって、料理の印象は変わり、味覚にも影響を与えます。そのように付加価値を加えることで、マインドを増幅させ、人を感動させることができます。
山本:なるほど。一方で、増幅させないという考え方もあると思います。いわゆるホワイトキューブ(できるかぎり装飾を排除した白い立方体のような空間)です。その点は、いかがでしょうか?
洪:そうですね。それは、その時のミッションによると思います。整然と配置され、作品と対話させようとする場合であれば、余計な色彩や装飾はつけません。
インスタレーションという概念があります。立体表現ということですが、インスタレーションにより、全く違う価値を生み出すことが可能です。ですから、我々、空間デザイナーは、まず初めに目的を明確化することが求められます。プロジェクトの目的を初期にはっきりとさせておく。そして、関係者の間で充分議論し、共有した上で進める必要があります。そういったプロセスを踏むことが空間デザイナーには求められていると思います。
「東京大学総合研究
博物館」で
目指したこと
山本:洪さんのお考えがよくわかりました。ここからは具体的なお話を伺いたいと思います。その方が読者の参考になると思うからです。
洪さんのお仕事で一番印象的なものが「東京大学総合研究博物館」と「インターメディアテク」です。かなり独特の世界観を持つ展示施設です。展示品も興味深いのですが、空間としても非常に面白いです。あの世界観はどのように構築されたのでしょうか?
洪:「東京大学総合研究博物館」で言えば、主役となる展示品は学術標本です。それらの学術標本は価値の高いものが多く、100年もの歴史を持つものもあります。そこで、その質と歴史にふさわしい空間をつくり出すことができればと考えました。東京大学の博物館ですから、当然、学術的に研究をしている方が多く来場されるわけですが、そういった専門家だけでなく、もっと幅広い一般の方にも楽しんでいただくことも同時に目指しました。標本の面白さを美術館のように鑑賞する。そのような空間と時間を提供できればいいなと考えたわけです。そのため、展示物の周りの環境にはなるべく手をかけないようにしました。それが、インテリアのコンセプトです。昔の床材や柱型をそのまま残して、空間をつくっていきました。
山本:建築にもともとあった要素を増幅させたわけですね?
洪:新しい塗料で塗ったり、建材を張ったりということは、極力避けました。
山本:具体的には、どのような素材を選定されたのでしょうか?
洪:例えば、「インターメディアテク」ですと、黒皮塗装というものを使用していますが、エイジングされたような雰囲気を持つ素材です。黒皮というスチールでありながら、違ったテクスチャーを持っています。非常に特徴的な風合いです。素材を選定する時には、どうすれば空間全体のハーモニーを崩さないかということを考えて、素材を組み合わせています。例えて言えば、オーケストラのようなものです。どの場所からどんな音が出るか。クリエイティブの手法は、どの業界であっても、同じだと思います。
オフィスに求められる
機能とは
山本:展示施設について、お話を伺いました。同じことがオフィスや店舗でも言えると思います。オフィスや店舗空間をデザインするときに考えていることはどのようなことですか?
洪:オフィスの場合、最近特に求められるものに「イノベーションを創出する場」という役割があります。新しい製品やサービスを生み出すこと、あるいは、新しいビジネスに転換しようと思った時に求められる新たな発想を生み出す場としての機能です。
そういったイノベーションを生み出しやすいオフィスが今は求められていると思います。そういう意味で「異業種交流」も注目されていますよね。自分たちだけで考えても限界があります。異なる業界の人と議論したりブレインストーミングしたりして、増幅させるということが求められます。その時には、マインドを解き放つ必要があり、ワーケーションが注目されているのも、そういった観点もあるからでしょう。大自然の中で仕事をしたら、全く違うものが生まれるかもしれません。「環境」が増幅の要素になってくるのだと思います。
山本:新しいものをつくるためには、壊すことも必要だと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?
洪:壊すことは目的ではありません。あくまで、何を目的にしているかをまず考えるべきだと思います。
例えば、イノベーションセンターと呼ばれる施設が、最近ではたくさんつくられています。その場合、「新しいものを生み出しやすい空間とはどのような空間なのだろうか」ということを考えることがまず必要です。
オフィスには仕事をする場所だけでなく、休憩する場所も必要になりますが、もしかしたら、そういった場所の方が新たなアイディアが生まれやすいかもしれません。喫煙室は、社員同士のコミュニケーションの場になりやすいですが、同じように執務で使用する場ではない環境の方が、クリエイティブな発想が生まれたりします。
以前であれば、そのような場所に価値を見いだすことはありませんでしたが、今では逆に、そのような場所にこそ、新たな価値を生み出す可能性があるとも考えられます。
最初にお話ししたのは、来場者と作品のコミュニケーションでしたが、オフィスの場合は「人」と「人」のコミュニケーションを活性化させる場所であることが求められています。
ルーチンワークをおこなう場所と、発想を生み出していくための場所、その両方の機能をきちんと持たせることが必要になっていると思います。
山本:最後に、この展示会自体についてご意見を伺えればと思います。
洪:この展示会においても、問題に対する答えを出すことを考えるのが重要だと思います。商品を提供するメーカーさんがいて、それを使いたいと思う人がいます。その時のマッチングプラットフォームとして、何が解決されればいいのかを考えるということです。
展示会をそのためのマッチングポイントとすることが、とても大事だと思います。
山本:それはこのワーキンググループにも期待されているところだと思います。今日はありがとうございました。今後もワーキンググループへの協力を宜しくお願いします。