インタビュー商業空間・オフィスの
未来を考える展示会
「未来の空間は、『多機能』になる」
サポーズ デザインオフィス
建築家
谷尻 誠 氏(左)
山本想太郎設計アトリエ
建築家・一級建築士
山本 想太郎 氏(右)
谷尻 誠 氏サポーズ デザインオフィス 建築家
建築家 谷尻 誠さんは、様々な事業を手がけられています。建築家として多くの建築設計をしながら、オフィスと共存する食堂である「社食堂」や、設計という視点から観察することで敷地のポテンシャルを引き出す不動産会社「絶景不動産」、空間デザイン検索サービス「TECTURE」と、その活動の全てを紹介することはできません。谷尻様には、ご多忙にも関わらず、「店舗・オフィスの未来を考えるワーキンググループ」にご参加いただいています。今回、「未来の商業空間・オフィス」をテーマにインタビューさせていただきました。聞き手は、ワーキンググループの座長を務めている山本様が務めました。
これからは「同居の時代」
山本:この「店舗・オフィスの振興の場創出のためのワーキンググループ」を立ち上げることになった時、一番最初にメンバーとして浮かんだのが谷尻さんでした。未来のオフィスや商業空間のことを議論しようとした時、普通はインテリアデザインや家具の話になってしまうと思うのですが、今はもうそういう局面ではありません。都市における空間の形が変わっているからです。ですので、デザインと企画の両方の話ができる人でなければいけないと考えました。そこで、谷尻さんが適任だと思ったのです。
まず、谷尻さんご自身のことから伺いたいと思います。非常に多岐に渡る活動をされていますが、こちらの事務所は食堂が併設され、複合的でとてもユニークな空間になっています。
谷尻:私は、以前から、「これからは同居の時代だ」と考えていました。携帯電話を考えれば、そのことが理解できると思います。電話という名称でありながら、メールも送れるし、音楽も聴けて、電子決済もできます。もはや電話の機能は一部分でしかありません。世の中全体がそのように多機能化しています。
一方で、建築業界はまだまだセグメント化されています。ですので、この事務所も、オフィスでもあるし、食堂でもあるし、ギャラリーでもある、そのような空間を目指しました。
山本:こちらのオフィスは、どのような考えに基づいて設計されたのでしょうか?
谷尻:建築業界は、材料についても、床は床材、壁は壁材とセグメント化し、その観念にとらわれてすぎているように思います。この空間を設計したときは、あえて一つの材料にこだわろうと考えました。具体的には「鉄」です。ひたすら鉄を使おうと考えました。一般的には、鉄は冷たくて、シャープで硬質なイメージがあります。でも私たちは鉄は優しくて、柔らかい、良い表情を持つものだと捉えています。
山本:(事務所内の鉄の部分を指して)これは黒皮の素地ですか?
谷尻:はい。処理をしていません。
山本:加工してない材料は、人間に近いですよね。
谷尻:空間を設計するときは、本物の材料を使うよう心がけています。フェイクなものは使いたくありません。基本的に、私たちの事務所では「塗装をしない」というルールがあります。塗装を化粧とみなすと、化粧しなくても、美しい空間を作ることはできます。ですので、色を塗らなくてもいい材料を選ぶようにしています。
空間の意味や体験が偶発性を生み出す
山本:今日は、オフィス・店舗領域をテーマにお話を伺いたいと思います。今の商業店舗が持っている問題点と、今後の方向性については、どのようにお考えですか?
谷尻:これまでは、情報が少なかったので、ものがあれば売れていました。しかし、現代のようにものが溢れ、どこでも買える時代になると、簡単には売れません。その場所で買う意味や固有の体験がないと、物を買う必要性がない時代になりました。ですから、どうやって体験を作るかを考える必要があるのではないかと思います。
山本:どのようにすれば、体験がある空間が生み出せるんでしょうか?
谷尻:例えば、多くの人は、美術館にアートを見にいきますが、アート自体を買うことはできませんので、その作品集を買って帰ります。それと同じだと思います。本当は買いたいけど、そこへ行ったという記録や記憶を閉じ込めておきたい。そのために物を買う。つまり、体験を形式にするために物を買っています。そういう仕組みづくりをする必要があると思います。
山本:そういった違う体験がミックスされているような場はネット空間だと思います。ネット空間と実空間が競合するような気がしますが?
谷尻:そんなことはありません。ネット空間というのは、直線的に、ものに向かいます。つまり、洋服を検索した時には、アートは出てきません。リアルな店舗というのは、洋服を買いに行ったはずなのに、アートに出会って、アートに触発されて洋服を買うという、ねじれまがった動線が引かれます。そこにリアルな店舗の意味があると思います。そういう意味では、体験のために、そこに何があるのかを踏まえて設計がされていないと、人はその空間で感動することはできないと思います。
山本:なるほど。先ほどからの話で、納得できたところがあるのですが、谷尻さんがされていることは、お店側とお客さんとの間に対称性がありますよね。どちらも能動的であると同時に受動的である。その質を両方が持っています。自分が意図していなかったものが降りてくる体験がミックスされているということが、これからの空間のあり方なのかと思います。
谷尻:世の中の人は、買い物する物が決まって出かけているというよりも、決まらずに出かけている人の方が圧倒的に多いですし、基本的には何をするか決めずに出かけている人が多いと思います。だからこそ、ギャラリーや美術館、公園へ行くのではないでしょうか。ですから、わざわざギャラリー的機能やカフェ的な機能を持たせることで、欲しいものとの偶然の出会いが生まれるのだと思います。そのような「偶然性」を設計することが重要だと思います。世の中には、もっと、そういうことが起きうる仕組みがあった方がいいと思いますね。
「喜び」がなければオフィスはいらない
山本:それは、オフィス空間であっても同じことですよね。
谷尻:変な話ですが、私は働く場所だと思ってオフィスを設計していないかもしれません。「働くことができる場所」ではあるのですが。
山本:確かに、こちらのオフィスも働く場所と言えないような空間です。
谷尻:設計業務だけなら、みんな家で仕事をすると思いますが、私たちの場合は、「このオフィスで仕事をすれば、美味しいご飯が食べれる」ということがかなり大きい要素になっています。
とは言え、設計業務の場合は模型を作ったり材料確認をしたり、その場所でしかできないことがあるので、求心性を持ちやすいです。
でも、そうではない業界では、会社に行く意味が失われているでしょうね。最近も、オフィス設計の案件をたくさんいただいていますが、「みんなオンラインで仕事をしているので、3割しか会社に来ていないです。どうしたら会社に来るようになるでしょうか?」と聞かれて、「遊びがないと来ないのではないでしょうか」「もうオフィスだけを作っても、誰も来ないと思いますよ」とお話ししています(笑)。
山本:こちらのオフィスには、食事という求心力があるということですね。そのように、体に訴える部分が必要なのでしょうか?
谷尻:私は、それは「楽しさ」だと思います。とにかく楽しくないとダメだと私は思います。美味しいご飯を食べると、体が喜びます。結局、喜べる要素がないと、仕事も頑張れないと思うんです。
オフィスに喜びがないと、オフィスはもういらないと思いますね。
山本:そうですよね。そうでなければ、オフィスに来ている時間が人生の中で死に時間になってしまいますよね。
谷尻:働く時間が人生の中で最も長いので、つまらない人生を送るということと同じことになってしまいます。ですから、働く環境を整えるのはとても重要なことだと思います。
「TECTURE」で業界を変革する
山本:最後に、このインタビューを読んでいる方にメッセージをお願いします。
谷尻:建築業界の方の業務をもっと効率化できないかと考え、空間デザイン検索サービス「TECTURE」を展開しています。このサービスを使っていただくと、ワンストップで建材や家具を検索することができます。おかげさまで多くの業界の方にご利用いただいています。こういったサービスを通じて、業界自体もさらに変革できればと思っています。
山本:ありがとうございます。これからもワーキンググループでよろしくお願いします。