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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

成長領域へのシフトによる企業価値最大化と社会からの視点に応えるガバナンス改革

2022年11月17日、JMAトップマネジメント研修・新任取締役セミナープログラム内/経営者講演より

3期連続の赤字が続いた状況での社長就任

三井化学の原点は1912年に三井鉱山から産出される石炭を原料に化学製品を造り始めたことです。戦後、1958年には日本で初めての石油化学コンビナートを建設し、原料は石炭から石油へ転換しました。その後、それぞれの時代の社会課題を捉えながら、材料や物質の革新と創出を続けてきました。

2001年以降、国内外企業からの事業買収や事業統合を続けながら三井化学グループは歩んできました。その過程において生まれたのが現在、「成長3領域」と位置付ける付加価値分野です。

1つ目は、メガネ材料や歯科材料、不織布などの「ライフ&ヘルスケア・ソリューション」です。2つ目は、「モビリティソリューション」で自動車などに使われるPPコンパウンドや車内内装材などです。そして、3つ目は「ICTソリューション」です。スマートフォンのレンズ、半導体製造の工程で使う保護膜テープなどがあります。

従来からの石油化学製品の領域は「ベーシック&グリーン・マテリアルズ」と呼んでいますが、当社の売上高1兆6,127億円(2021年度)に占める割合は46%にまで減っています。利益では成長3領域が7割以上を占めている状況です。

当社は2011年からは3期連続の赤字でした。私が社長に就任したのは2014年です。最大のミッションは、ポートフォリオを変えていくための構造改革でした。成長3領域に事業構造をシフトし、持続的な成長に向けた新たな取り組みを開始したのです。

構造改革の断行と業績の回復、そして長期経営計画の策定へ

3期連続の赤字に至った要因は、中国メーカーによる石油化学品への大型の設備投資で供給が過剰となり、市場価格が下落したことです。赤字の体質から脱するには、ウレタン、フェノールなど、三井化学の礎を築いてきた大型基礎化学品事業を縮小していくことが急務でした。

しかし、プラントの停止や海外合弁からの撤退によって社内には不安な雰囲気が漂っていました。社長就任の挨拶で私は、「今の三井化学は誇りを失っている。これからの3年間は失った誇りを取り戻す戦いだ」と社員に檄(げき)を飛ばしました。目標は2020年に営業利益1000億円を達成することでした。

抜本的な構造改革の大きな決断に鹿島工場(茨城県)の閉鎖がありました。あらゆる選択肢を検討し、未来に進むために断腸の思いで決断しました。私は鹿島工場に行き、全従業員に工場を閉鎖する理由を伝えたうえで、「雇用は守るが鹿島の地では守れない。全国の工場や本社、支店への転勤が必要になる」と説明しました。

当然、最初はものすごい反発がありました。私は鹿島工場に何度も足を運び、従業員に説明を続けました。その時に心に決めたのは、「その場しのぎの甘い言葉は絶対に言わない」ことです。信頼を得るためには、言うべきことを言い続け、言葉を尽くす。その大切さを感じた経験でした。

当社は構造改革と市況の改善によって、2014年から黒字に転じ、2016年には営業利益1000億円を達成しました。その後、米中貿易摩擦やコロナ禍で1000億を切った時期もありましたが、2021年は1618億円にまで伸びています。

成長の要因は、2006年には事業領域比率が34%でしかなかった成長3領域が2020年には79%に達したことです。2025年にはその比率を86%まで伸ばすとともに、営業利益も2000億円を目指しています。

2016年に当社は、2025年をターゲットとした長期経営計画「VISION 2025」を発表しました。以前は中期経営計画を策定していましたが、長期の目標を修正しながら、環境変化などを織り込むかたちに切り替えたのです。ただ、カーボンニュートラルなどの重い課題が生じていますので修正が必要になります。私は2020年で社長を退任し、現社長が2030年までの新長期経営計画「VISION 2030」を打ち出しました。

会場風景
風通しをよくすること、“三識”の大切さ

私が社長就任当時から組織運営で目指していたのは、「風通し」をよくすることでした。風通しのよさは組織の明るさにつながり、明るい所には人と情報が集まります。それによって、ツキも生まれてくるというのが私の実感です。

風通しをよくするうえで意識すべきは、上司がきちんと部下のことを見ることです。江戸時代の儒学者である荻生徂徠が書いた『徂徠訓』に「下の者と才を競うな」という言葉があります。上司は部下に「任せ切る」ことが大切であり、上から余計な手を加えるべきではないのです。上に立つ心得を示し、社内で共有してきました。

もう一つは、「“知識”が“見識”になって、最後には“胆識”となって初めて役に立つ」という言葉です。これは歴代首相の指南番と言われてきた陽明学者、安岡正篤による「三識」という考え方です。

本を読み、人から学べば「知識」は得られますが、そこに自分の哲学が加わらなければ「見識」にはなりません。しかし、それだけでは足りなくて、見識を実行に移す度量が必要であり、実行できて初めて役に立つのです。それこそが「胆識」です。私自身、「トップとして、こういった言い方をすると部下は引くかもしれない」と思う場面はありますが、自分の哲学をベースにどのように振る舞うべきかを突き詰め、実行に移しながら、胆識の大切さを社員にも伝えています。

強い会社とよい会社 ― サステナビリティマネジメントの推進

今、企業経営においてSDGsやESGといった非係数目標が非常に重要視されるようになっています。社員が必死に業績改善に取り組んでいる状況で、サステナビリティマネジメントの概念を腹落ちできるようなかたちで説明するのはとても難しいという思いが私にもありました。

計数や業績など数字に表れるものは「企業の強さ」であり、企業は強くなければ生きていけません。そして、ESGなどの非係数的な概念は「よい会社」につながります。その内容を集約し、「強い会社でなければ生きていけない、ただ、よい会社でなければ生きてく意味がない」という言葉で社員に伝えました。特に工場にはできるだけ分かりやすく説明することに心を砕いてきました。

化学会社は、CO2多排出業種であり、CO2をいかに減らすか、そして私たちの大切な製品であるプラスチックをいかに適切に使用し、流出させないかという課題を背負っています。この課題への対応、そして、サーキュラーエコノミーの実現への貢献を表裏一体のものと考え、施策に取り組んでいます。

ESGへの取り組みを数値化し、社外にも発信するために2つの指標をつくりました。まず、「Blue Value®」です。私たちの製品や事業が環境貢献価値につながっていくかの評価です。もうひとつは「Rose Value®」です。こちらはQOL(Quality of life)向上価値です。暮らしと社会の豊かさ、健康寿命を伸ばす、食を守るといったことに貢献している製品です。これら2つの価値に該当する製品が売上ベースでどれくらいの比率を占めているかを評価し、目標を決めて努力しています。

カーボンニュートラルへの取り組みも推進しています。当社は2013年に615万トンのCO2を排出していました。2019年までにさまざまな投資を行い、506万トンまで減らしました。さらに成長と再構築をしつつ、原燃料の低炭素化、省エネや再エネの強化をしていき、2030年には375万トンまでの減量化を目指します。2013年を基準として、2030年に40%減をターゲットとし、2050年には80%減を目指しています。

コーポレートガバナンスの体制を整え、地道な努力を続ける

昨今、「コーポレートガバナンス・コード」の要求内容が厳しくなっています。その一つが社外取締役の比率を高めることです。当社には社外取締役3名、社外監査役3名がいます。社外取締役の比率はある一定程度もっておかないと、ガバナンス上の問題があると指摘されかねない、という視点で対応を取っていくことが大切です。

社外取締役を含めた取締役会がどのような役割を果たしているか。 三井化学のコーポレートガバナンスでは次の要点があります。

まず、赤字から脱却を図るための事業構造改革に取り組んできましたが、これは社外取締役の理解と支援がなければ実現しませんでした。社内でも意見が分かれるなかで、社外取締役が応援してくれたことでスピード感をもって事業構造改革に取り組むことができました。

次は「同質性の打破」です。私の任期途中から経験者採用を増やし、定期採用との比率は50:50にする目標を定めました。単に同質性を打破するだけでなく、ポートフォリオの転換をしていくには、定期採用の社員を育成するだけでは間に合いません。知見を持っている人を採用するのが非常な大きなポイントです。

3つ目は「執行と監督」。取締役会の役割は執行側をチェックするモニタリングの機能にあります。これが実際には難しい。私自身、社長に就任したときは、会長が不在で、取締役会の議長であるとともに、執行側の責任者として説明責任を果たしていました。しかし、執行側の比重が大きくなってしまい、不健全な取締役会の運営になりかねません。現在、会長である私は議長に専念し、執行側の説明責任は社長に果たしてもらう適切な距離感を保つよう努めています。

そして最後は「後継者選び」です。最も大切なのは、後継者選びのプロセスをブラックボックス化しないことです。ブラックボックス化してしまうと権力を引きずることが生じます。複数名の後継者を選任し、どのように絞り込んでいくかのプロセスをきちんと説明することが重要だと思います。

本日は私の経験や問題意識を中心に話をしましたが、私も経営者として途上にあり、経営はこうあるべきだとは断言できません。ただ、新たに取締役に就任された皆さんに言えるとすれば、執行側の責任意識が強く働き、取締役会で発言を遠慮していると、取締役としての役割や責任は果たしにくいということです。

先ほど述べた「胆識」ではありませんが、取締役会で「こんなことを言ったらどう思われるだろう」という意識はまず消すべきだろうし、社内外からの視点という意味でも、取締役としてきちんと発言することが有効だと思います。

「言うは易く、行うは難し」で、なかなか大変だと思いますが、ぜひ頭の片隅に置いていただければと思います。