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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

“水のようでありたい” 世界のより多くの人々の感じ良い暮らしに役立つことを願って

2022年11月10日、JMAトップマネジメント研修・新任執行役員セミナープログラム内

本質に不要なものをすべて省いた「無印良品」の誕生

「無印良品」は1980年に西友のプライベートブランドとしてデビューしました。コンセプトは「消費社会へのアンチテーゼ」。その思想は、小売業の考える消費者第一主義ではなく、最良の生活者と暮らしを探求していくことです。「良品にはあらかじめ答えがない。ゆえに無限の可能性がある」という概念で、無印良品とは何かを常に探求してきました。

それゆえ、無印良品は買わせるためのデザインを一切、排除しました。商品の本質に不要なものはすべて取り除き、シンプルなものを提供する。大量生産、大量消費、大量廃棄を生み出さないものづくり、事業活動を行う。そして、個性はユーザーに委ねるのです。お客様がものに手を加える部分を残し、自らの生活を作り上げ、探求していくことを考え、商品づくりに取り組みました。

無印良品の概念は、西友の商品部の人たちの知識と商品科学研究所と一緒に集めた商品情報がベースにあります。調査によって集めたお客様の声には、「干ししいたけは、ダシを取ったり、混ぜご飯に使ったりするのが7割。割れていても問題がない」「日本農業規格で『ジャム』として定められている糖度だと甘すぎる」といったものがありました。

そういった声を踏まえた無印良品の商品づくりでは、素材の選択、工程の点検、包装の簡略化を基本にマイナスの美学を追求しました。結果として、他社のプライベートブランドより10%から15%安く、ナショナルブランドと比べると25%から30%も価格を抑えることができました。

40品目からスタートした無印良品は、現在では7000品目となりました。この40年間で、時代は本当に変わり、消費者は成熟しました。自立する生活者が増え、無印良品のコンセプトに共感してくださる人々は増えています。

海外からの事業撤退で学んだ人の縁の大切さ

私の無印良品との関わりは無印良品発売の2年後、1982年です。当時、西友の法務部にいた私は「無印良品」の商標登録を担当しました。1989年には西友の子会社として、良品計画が設立され、1990年には事業譲渡が行われています。

2002年、西友にウォルマートが資本参加しました。当時、私はアジア事業部長でした。西友では1997年ぐらいから海外の不採算事業の整理を進めていたので、その当時に残っていた海外事業は優良なものばかりでした。

海外事業の継続を提案しましたが、ウォルマート側の判断は全面撤退でした。ウォルマートは日本のスーパーマーケット市場に進出するために西友を買収しました。香港やシンガポールの百貨店、良品計画とのジョイントベンチャーなど海外事業はウォルマートの事業ではありません。ウォルマートは、自分の最も得意なフォーマットで事業を進めていくことが明白でした。これには非常に衝撃を受けました。

その後の私の仕事は海外事業の撤退であり、香港、シンガポールの事業の売却でした。先に撤退に着手していたタイについてはアパートを1年半借りながら、合弁企業のパートナーとの交渉や資産譲渡の手続きをひたすら続けました。中には25年契約をしていたJVを数年で解消するのですから、相手には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。当時の私は「新たに事業をやる時は収益性が高く、持続可能な事業をしたい」と部下に語っていました。

ただ、そんな状況でも、合弁先の社長から清算分配金が残ったことへの感謝の手紙や撤退に関する助言をいただいたことがありました。自分がきちんと仕事をしていれば、かならず評価してくれる人もいる。それ以来、私自身もコツコツと仕事をしている社員をよく見て、評価することを大切にしています。

もう一つは一期一会です。私が2005年に良品計画に入社すると、大変な迷惑をかけた企業の担当者からメールをもらい、無印良品の出店やライセンス事業について提案をいただきました。やっぱり人のご縁は大切であり、人間関係を大切にしていきたいと実感しました。

海外事業からの撤退は非常に辛い経験でしたが、大きな学びがありました。後に、良品計画で中国をはじめとする海外事業の責任者となった私はウォルマートから学んだ「自社のフォーマットで戦う」という考え方を事業原則としました。そして、法務を担当し、この撤退を経験したからこそ、私は良品計画で社長を務められたのだと思います。

会場風景
無印良品の事業原則を貫きながら中国で店舗を拡大

無印良品というブランドは1980年代半ばよりバンコク、香港、シンガポールにフランチャイズ展開を始めました。良品計画に営業譲渡されたのち、1991年には直営店をロンドンに出店。以来、アジアとヨーロッパへ出店してきました。

2005年7月に西友から良品計画へと転職した私はアジア地域担当部長と業務部長を兼務することになりました。アジア地域担当なので中国事業は私にとってメインの仕事になりました。

西友の海外事業の撤退を進めているときに抱いた、「収益性が高く持続可能な事業をしたい」という思いは変わりませんでした。私はそのための事業原則を設けました。

そのひとつが店舗賃貸借計画の標準化です。賃料は売上に対する一定の比率で支払う「売上高歩合」で契約することを決めました。長く小売業をしていますが、売上が見込みを大きく下回ることがあります。その場合、定額の家賃だと固定費が膨らんで、店舗継続が危うくなる場合があります。売上高歩合の契約になっていれば、販促費や物流、減価償却、その他の費用は読めますから、全体の経費率が決まります。

中国での出店では徹底的に売上高歩合で交渉しました。新規出店はもちろん、既存店も契約を切り替えていき、今や中国にある325店舗はほぼすべて売上高歩合の賃料です。

そのほかにも、「契約条件が漏れないようリーシングエージェントは使わない」「出店する際はその地域の1丁目には出るが、賃料が最も高い1丁目1番地には出ない」「全国にネットワークのある企業であれば、地方ごとに契約するのではなく、店舗面積などのフォーマットを決めたうえで、本部と交渉しその条件で中国全土でやる」といった事業原則を決めていきました。

良品計画の営業収益は1990年で100億円でした。10年をかけて1999年で1000億円を超えました。しかし、2000億円に到達したのは2013年で、14年かかっています。しかし、その2年後には3000億円に到達。中国での店舗拡大によって無印良品の営業収益は大きく飛躍したのです。2022年8月末時点で、中国大陸事業は74都市325店舗に及んでいます。

社員の声を丁寧に聞き、良い企業文化をつくる

経営者は意思決定すべき時に、自ら判断して、その結果に責任を負うことがひとつの責任です。そしてもう一つの責任は、よい企業文化を育み、やる気に満ちた組織をつくることだと思います。

私が中国事業の責任者として心がけたのは、社員をよく見ることです。日々、飛び回っているので忙しいのですが、ひとつだけ時間が取れる時があります。中国では店舗が開店するたびに式典が行われます。夜には宴席が開かれるのですが、その後は時間が取れるので、必ずお店に立ち寄って、店舗のスタッフと話すことを続けてきました。

ある時、宴席が終わったのが店舗の閉店時間をかなり過ぎてしまっていました。誰ひとり店舗には残っていないと思ったら、中国人の販売部長と数人が私を待っていてくれたのです。日本人の社員が「松崎さんはもう来ないよ」と言っていたのに、中国人の販売部長が「彼は必ず見に来るはずだ」と言って待っていたというのです。些細なことかもしれませんが、こういうことが社員のやる気を起こすことにつながります。その積み上げが企業文化を形成するものだと思っています。

2015年5月に社長に就任してからも、店舗の人たちの声を聞くことを続けました。私たちは小売業なので現場のやる気が非常に大事であり、貴重です。店舗では何が課題であり、スタッフはどのように考えているかを把握することが重要です。良品計画では、「役員行脚」があり、これは、全役員が全国を回り、無印良品のコンセプトや会社の取り組みを社員からアルバイトに至るまで店舗の全員に話をして、質疑応答と討論会を行います。

私が担当した役員行脚では当初は意見がまったく出ませんでした。自分の話し方に問題がある。そう思って、意見を引き出す方法に変えました。それを丁寧にやっているうちに、たくさんの質問や意見が出るようになり、時間が足らないぐらい盛り上がるようになりました。その場で出た意見は、きちんと検討し、特に仕事のやりにくさに関する意見は本部の主幹部門で解決を図ってきました。

世界の主要都市にはMUJIのお客様は必ずいる

私は、無印良品は世界に通じる商品だと確信しながら、海外事業を展開してきました。

その大きな理由は価値観です。冒頭にご紹介した通り、無印良品では、売るための要素を排除し、大量生産や大量破棄を否定し、使う人が手を加える余地を残すなどの考え方を商品に反映してきました。これは世界で共通する考えであり、その思想を体現すれば必ず支持されるはずだと思っていました。

もう一つ、ビジネス的に言えば、無印良品は海外に進出するときに、事前のマーケット調査はしません。生活の基本として必要な商品は世界のどこでも通用するからです。売れ筋商品は世界のどこでも変わりません。スターバックスやZARAが出ていれば、MUJIのお客様は必ずいます。世界中にお客様がいると思っています。

良品計画に「水のようでありたい」というコーポレートメッセージがあります。

無印良品は水のようでありたいと思います。
水には酒のような 魅力や香水のような華やかさはありませんが、年月を重ねることで岩を砕き、時には大きな山をも削ります。
無印良品はそのような力を秘めながら世界のより多くの人々の感じ良い暮らしに役立てればと願っています。

世界中の主要都市に無印良品が知らず知らずのうちに、水のごとく浸透していること。それぞれの都市で、無印良品が人々の生活に役立っていること。それが私の夢です。