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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

自らの哲学とは何かを突きつめ、パラダイムシフトを乗り越える

2022年10月15日、JMAトップマネジメント研修・新任執行役員セミナープログラム内/経営者講演より

今、起きている社会の価値や構造の変化を認識する

世界では今、三つのパラダイムシフトが起きています。

まず一つ目に、「ステークホルダー資本主義への変遷」です。かつての株主資本主義ではなく、顧客・仕入先・社員、そして地域や社会を含む事業に関わるすべてを大切にする考えです。この考えは、日本の多くの企業が大切にしている近江商人「三方よし」にも通じます。私は現代では「売り手・買い手・世間」の三方に「自分」を加えた「四方よし」がより適切であると思います。

二つ目は「COVID-19のパンデミック」です。コロナによって三密回避が叫ばれ、リモートでの教育や診断、電子決済などデジタルによる非対面の技術が進展しました。企業ではテレワークの普及で通勤の必要性に変化が生じ、個人の価値観を中心とした働き方が重要になり始めました。

そして三つ目に、「ロシアのウクライナ侵攻」です。明らかになったのは、最先端テクノロジーの威力です。ドローンによる「情報収集」、スターリンクなどインターネットによる「情報の伝達」、そして指導者の偽動画がSNSによって拡散し、「情報の真実」が脅かされました。

こういったパラダイムシフトが2020年ぐらいから一気に起きてきました。その渦中にいると変化に気づきにくいですが、ぜひ、社会の価値観や構造が劇的に変わっていることを意識してください。

AIが判断を代替する時代の到来

経営の3大資源は「ヒト・モノ・カネ」と言われますが、今はこれに「情報」を加えた4大資源になっています。

ITの発達によって、森羅万象をデジタルデータ化することが可能になりました。これにより何が可能になるかを解き明かすための考え方が「情報の3階層」です。

この3階層では、データ、インフォメーション、インテリジェンスの順に階層が上がっていきます。

情報の3階層において、データは単なる事実を表したものであり、それ自体には必ずしも意味があるとは限りません。データに意味を持たせ分析や評価の対象となり得るよう昇華させると、インフォメーションになります。そして、インフォメーションは人間の経験値・価値観・倫理観を媒介することにより、意思決定の源泉であるインテリジェンスとなるのです。

例えば、弊社の取締役会でM&Aについて経営判断をする機会があると、参加するすべてのメンバーには当該企業の評価情報など、共通の「インフォメーション」が与えられます。しかし、各個人によって経験や価値観が異なり、違う意見を持っているので取締役一人ひとりの「インテリジェンス」も違ったものになるため、取締役会でそのM&Aが承認されるか、否決されるかは分かりません。ちなみに当社における最初のM&Aは否決されましたが、のちに条件が変わり、承認されました。

重要なのは、インフォメーションからインテリジェンスに上がるフィルターです。これまで、そのフィルターは、人間だけが持ち得る経験値、価値観、倫理観といったものでした。同じ情報であっても、個人によって、結論が変わり、行動も変わるのです。

今後は、このフィルターのかなりの部分をデジタル技術が代替することになります。データからインフォメーションへ上がるフィルターをIoT(Internet of Things:モノのインターネット)が担い、インフォメーションからインテリジェンスへ上がるフィルターをAIがすべて担っていくことで、社会は人間を介さずに自律的に動き出すのです。人間が何も判断しないのに、社会が自律的に動くという現象はすでに始まっています。

2010年5月6日に、ニューヨーク証券取引所で突然、株価が600ドル以上も値下げし、また戻りました。その要因のひとつがAIです。世の中のさまざまな情報を集めているAIが「この先物が売られている。現物を売ってみよう」と判断し、同時に多くのAIが同様の判断をした瞬間に大幅に株価が下がってしまったのです。人は一切、関与していません。アルゴリズムトレードではこのように大変なことが起きるのです。

AIは自動運転の実現にも寄与します。自動運転の程度はレベル0から5までで評価され、レベル5が完全自動運転ですが、2021年にホンダがレベル3の車を発売しました。今後、さらに自動運転が進化すると、AIによって、車同士がコミュニケーションを行い、交通規制の情報も取り入れて運転を制御します。これにより、安全性が高まり、道路での渋滞も起こらなくなります。運転は自動車に任せて、人は他のことができるようになるのです。

ただし、AIをはじめとする最先端技術には、光と影があることには注意が必要です。最先端技術は豊かさや利便性をもたらす一方、使い方を誤ると災厄を招きかねません。例えばAIの活用に向けて、人類共通のルールが絶対に必要です。ELSI(Ethical, Legal and Social Implications)と言いますが、倫理的、法律的、社会的な問題点を意識したマネジメントが重要になってくるのです。

会場風景
経営者は2つの視点で自らの立脚点を知る

孔子の『詩経・大雅・霊台』に「これを経し、これを営す」という言葉があります。これが「経営」の語源です。「経」とは縦糸です。「営」とは、杭をしっかり打って、糸で四角く囲むことです。神事に使われた言葉ですが、それが転じて何らかの事業を行うことを「経営」と言うようになりました。

企業を経営するうえで、企業活動は社会の発展に寄与しなければなりません。その結果として我々は利益を得るわけです。近江商人の三方よしと同義です。世の中にはさまざまな集団が存在しています。反社会的組織も集団行動をしますが社会の発展には寄与していないので、企業活動とは到底言えず、むしろ排除しなければならないのです。

企業理念の体系は、「企業理念」を頂点に「ビジョン」「中期計画」「年度計画」のピラミッドを構成しています。企業理念は変わることのない企業のパーパスです。しかし、企業理念は眼前の事業とは開きがあるため、ビジョンを作成します。10年、20年の単位で企業が何を目指すかを示すのです。そこに向かって、3年間で何を達成するかの中期計画、1年の年度計画を作っていきます。

今、先の予測が困難な「VUCA時代」と言われ、企業経営は先が見通せない状況にあります。状況は変化するのだから、中期計画は不要だと考える企業もありますが、ビジョンを実現するためには、3年先までに何をするかの具体的な方針がないと進みにくいので、私は中期計画を立案することは大変重要だと思っています。

経営者は2つの視点で自分の立脚点を知るべきだと私は考えています。「ズームイン・ズームアウトの視点」と「歴史的な視点」です。

「ズームイン・ズームアウトの視点」では、まず視点を自分、自社、日本、世界、そして宇宙のレベルまでズームアウトして見るのです。宇宙レベル、地球レベルで、さまざまな課題を俯瞰し、そこから、日本、自社、そして自分にズームインし、改めて自分の周りの課題を見てみることが重要です。

「歴史的視点」も大切です。歴史を知り、過去から未来へとつながる時の流れの中で、今を捉えるのです。フランスの哲学者であり、歴史家でもあるジャック・アタリは、その著書で、過去900年間の歴史の中で栄華を極める都市が移っていったと書いています。

最初は現在のベルギーのブルージュ。そこからアントワープ、ロンドン。そして、ボストン、ニューヨーク、そして西海岸へと、東から西へと移っていきました。一つの都市の栄華は長くても150年ほどしか続きません。そうすると、2050年前後には、栄華を極める都市がアジアに行きつくことになります。

歴史的視点は、「会社の誕生から現在までの経緯」「お客様との出会いと今日までの経緯」「製品やサービス、ソリューションの変遷」、さらには、「ファミリーヒストリー」「自分の足跡」といったものもあります。こういった歴史的な視点を持つことで、自分が今、どのように所に立っているかが分かり、経営者として何をすべきかを悟ることができるのです。

自分を見つめ、何をすべきかを悟る

「経営」とは、人を動かして、自分のなすべきことを実現することです。人を動かす手法には、大きく「指示」と「動機付け」の二つがあります。

どちらのスタイルかを尋ねると、多くの人は「私は動機付けのスタイルです」と答えます。部下の気持ちを理解して、動機を引き上げることは重要です。しかし、一方で、必要な時には、「こっちに行きなさい!」とはっきり指示をするのはリーダーの責任です。つまり「指示」と「動機付け」の両方が必要であり、そのバランスが重要だと思います。

マネジメントを行うには、自らの哲学が必要です。自分がどういう指針で生きていくのかを認識しなければ、マネジメントはできないのです。

哲学とは、世界・人生の根本原理を追求する学問です。物事の本質を明らかにし、真実に至る道は、科学、宗教、そして哲学です。この三方から頂上を目指すのです。哲学の第一歩は認識論であり、その入り口は自己認識です。ぜひ、自分の哲学とは何かを考えてください。自分を見つめて、自分が何者なのかを突き詰めていくと、自分は何をすべきかを悟ります。

最後に私自身の哲学を紹介します。『孟子』に「自反而縮雖千万人吾往矣(自ら省みて縮(なお)くんば 千万人といえども吾ゆかん)」という言葉があります。「真実一路」と言い換えてもよいでしょう。「自分自身を真剣に振り返ってみて、この道は正しいのかを考え、『正しい!これはやるべきだ!』と思ったら、仮に千万人の人々に反対されても実行する」と捉えてよいでしょう。

40歳ぐらいまでの私は、後半部分の「千万人といえども吾ゆかん」、つまり実行しやり切ることが難しく、重要であると考えていました。

しかし40歳ぐらい以降は、むしろ前半部分の「自ら省みて縮(なお)くんば」が重要であると考えるようになりました。「自分は何をしたいのか」「何をするべきなのか」を本当に意識しているのか。それが分かっていなければ、自分自身にたくさん言い訳をしてしまい、実行はできません。

「何を置いても俺がやるべきことは、これだ!」と分かっていれば、どんな妨げがあっても、実行できる。この言葉をみなさんに贈ります。