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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

「脱・均質 ! !」「脱・重厚長大 ! !」により、変化する環境下でサステナブルな成長を目指す

2022年10月13日、JMAトップマネジメント研修・新任執行役員セミナープログラム内/経営者講演より

順風満帆な時にこそ、危機感をもって次の事業を開拓する

TDK は1935年に電子部品メーカーとして創業され、1970年代には磁性材料の技術を応用した音楽用カセットテープが世界的な大ヒット商品となりました。私の入社は1982年1月です。まさに猫の手も借りたいぐらい忙しかった時期に入社しました。

その後、40年間TDKにいますが、そのうち17年間は海外で勤務し、2014年に執行役員、2016年に社長になりました。社長になるまでは、コーポレート業務に就いたことはまったくありません。それぐらい事業しか知らない人間でした。

私が会社の仲間とともに成し遂げた仕事の一つにTMRセンサープロジェクトがあります。2009年頃、私はハードディスクドライブ(HDD)のヘッドを生産する部門で工場をまとめる立場にいました。当時、この事業部門はTDKの利益の大半をあげていて、順風満帆そのものでした。しかし、世界を席巻したカセットテープでさえ時代の流れとともに終息し、当社も2007年には完全撤退しました。HDDヘッドについても、いつかはライフエンドを迎えるという危機感を覚えました。

TMR(トンネル磁気抵抗)素子は優れた磁気特性を持っていますが、HDD以外には実用化されていませんでした。つまり、HDDの業界以外ではほとんど知られていないのです。私は3人の社員とともに、TMR素子を何か他に転用できないか検討し始めました。当初は事業部長に内緒で進めた検討ですが、TMR素子が非常に小型の高性能な角度センサーで使えることがわかり始めました。

営業を展開するにあたって決めたことは、まず、「ナンバー1のお客様と仕事をしよう!」ということです。業界でナンバー1の企業は顧客ニーズを最も知っているからこそ、ナンバー1なのです。ナンバー2や3はナンバー1の背中を見ていますが、ナンバー1は到達すべきゴールを見ています。そこで、自動車部品ではD社、ICT・スマホ・パソコンの領域ではA社と仕事をしました。

次に「1本釣りはやめよう」ということです。単発のビジネスで数億円稼ぐのではなく、将来的に数百億円、数千億円のビジネスにしたい。そのためにラインナップ化する構想まで描きました。

そして最後に、「お客様と一緒に開発しよう」です。試作サンプルもできていないのに、お客様のもとへ足を運び、製品ではなく、TMR素子という技術を売りに行ったのです。お客様とTMR素子の応用を一緒に考える。するとお客様にも責任感が芽生え始めるのです。

その後、センサー事業着手から10年をかけて売上400億円の規模となりました。さらに今後5年間で1000億円規模に成長させたいと思っています。

企業を取り巻く環境や価値の変化と、難しくなる経営

今、企業が置かれている環境と変化には3つのポイントがあります。

まず、「国際競争環境の変化」です。この問題は先端テクノロジーの覇権争いだと考えています。アメリカがひとり勝ちしていた先端テクノロジーの領域で、中国が急速に追い上げてきました。テクノロジーを実現するための資源争いもまた大きな問題になっています。

2つ目は「データや情報が富を生む」ということです。解析のデジタル化によって大量のデジタルデータを瞬時に処理できるようになりました。ビッグデータ解析、AI、メタバースなどがどんどん価値を生む時代になっています。

そして、「サステナビリティ」。企業は使命の一つとして、地球や人類のサステナビリティに貢献する事業をしなければなりません。環境問題のみならず、エネルギーや人権、ダイバーシティ&インクルージョンなどの問題があります。株主やお客様だけでなく、さまざまなステークホルダーに価値を提供しなければならない。企業経営はどんどん難しくなってきているという実感があります。

会場風景
各社の方法で、多様でレジリエントなチームをつくる

こういった環境と変化を踏まえて、本日、みなさまにお伝えしたいのは、「多様性とスピード感」の重要性です。日系企業にはこの2つのポイントが世界的に見ても著しく欠けていると思います。ぜひ、この点を強く認識し、日々の事業活動に取り組んでいただきたいと思います。

まず、「多様でレジリエントなチームづくり」です。「レジリエント(resilient)」とは、「しなやかで、強い」という意味です。竹のように曲がっても、また戻ってくる状態です。ご自分の統括する組織、もしくは全社的に、多様でレジリエントなチームづくりを働きかけ、実践していただきたいと思います。

組織に多様性があれば、異なる意見が出てきます。課題に対する解答はひとつではありません。模範解答はないのです。常に新しい課題に向き合うわけですから、いろいろな解がある。複数の解答があるのは当たり前です。みんなで意見を出し合って、より良いものを選んでいくのです。

ただ、多様性が豊かであると合意形成は難しくなります。TDKは執行役員19名のうち、10名が外国人です。日本人であれば会議終了時間が近づけば話をまとめようとしますが、外国人は徹底的に議論します。議論をマネージし、方向や決定をまとめていくには時間がかかります。

しかし、良いこともあります。外国人は、議論を尽くして決めれば、その結論に対して従ってくれる。ボスが決めたら、ちゃんとやろうとなるわけです。

一方、均質な組織は、容易に合意形成ができます。極論を言えば、社長の鶴の一声で決められます。しかし、複数の異なる意見は出づらい。リーダーの解答が常に正しいとは限りません。リーダーがどれほどのスーパーマンであっても、歳は取るし、間違えることもある。リーダーへの依存にはリスクがあることをしっかりと認識しなければなりません。

TDKでは、執行役員の過半数が外国人であり、経営会議は英語でオンラインにて行います。会議で担保するのは、「心理的安全」です。どれほど的外れの意見を言おうと責められることはありません。

私も時には的外れな質問をします。ぜひ、みなさまも分からないことを正直に聞いてください。「社長は、そんなことも知らないんだ」と思われますが、正直に聞いたことは伝わります。そこからみんなが学んでくれるのだと私は思います。私は社長としての6年間、会議での心理的安全の担保をTDKの文化として育むことに努めてきました。

社内の多様性をどう高めるか? 私が提案したいのは、「各社各様に多様性に富むチームの作り方がある」ということです。外国人でなくても、女性を巻き込む、若者を巻き込む。いろいろな方法があるはずです。また、一人の社員の中に多様性を持たせる方法もあります。長年、同じ部署で働き続けていた社員を別の場所に異動する。本人にとっては新しい仕事との出会いになるし、異動先の部署からすると新鮮な考え方に触れることができます。多様なチームはいかようにも作れると思います。

経営層と事業部門の信頼を構築し、ビジネスのスピードを上げる

多様性の重要性とともに、みなさまにお伝えしたいのは「スピードを出せる仕掛けと仕組みづくり」です。

陸上競技の100m走では、どの国の選手も10秒ぐらいで走ります。絶対に勝つために自分だけ5秒で走ろうといっても無理な話です。ビジネスで重要なのは、決して、スピードを上げることではありません。杜撰なかたちでスピードを上げれば、品質の低下を招きかねません。

ビジネスでの競争で重要なのは「ゴールに到達する」ことであり、スポーツ競技ではないので、他社よりも早くスタートすれば良いのです。例えば、技術の先行開発です。事業部門では取り組めない先行開発を本社の開発部門がいち早く着手する。それも本社の役割です。100m走で言えば最初の70mを本社が走っておけば、適切なタイミングで事業部門が開発に着手したときにわずか30m走ればゴールテープを切れるのです。

スピードを出せる次の仕組みは権限委譲です。TDKの経営会議はECM(Executive Committee Meeting)と呼ばれる社長の諮問機関です。まず、ECMのメンバーは、事業部門の代表者ではなく、本社のスタッフ長です。事業部門からは設備投資や企業買収、共同研究などの案件・事案がECMに上がってくると、ECMメンバーは専門家の立場から案件・事案を徹底的に検証しますが、検討不足であれば差し戻します。ECMは月に2回の開催なので次の検討が2週間後になってしまいますので、臨時のECMを頻繁に開きながら、スピーディーに案件・事案をブラッシュアップする仕組みを構築しました。

ECMで承認された案件・事案は取締役会に上程されます。ECMで徹底的に議論しているので、取締役会の質問にも難なく答えられます。そのやり取りによって事業部門は評価を得て、予算の規模も従来よりも大きくなり、より大きな権限委譲が起きるわけです。事業部門はビジネスの前線で自分たちのタイミングで意思決定でき、スピードアップが実現します。

同時に、各事業部門はECMや取締役会に対して、定期的に事業報告を行います。これによって透明性が担保されます。つまり、TDKのガバナンスの一つは「権限委譲と透明性~Empowerment & Transparency」というポリシーのもとに成り立っているのです。

結果として、取締役会は、意思決定機関ではなく、取締役機関になります。そして、取締役会は、TDKがこれから目指すべき企業の将来と生み出すべき付加価値について議論するという本来の役割を果たせるのです。このポリシーを実践することで、経営層と事業部門の信頼が構築され、ビジネスのスピードが上がり、結果的に業績にも貢献できるのです。

本日の話で心に留めておいて頂きたいことは、「脱・均質! !」「脱・重厚長大! !」です。多様でレジリエントなチームづくりと、スピードを出せる仕掛けと仕組みづくりを、ぜひ、存分に実行していただきたい。みなさまのリーダーとしての成長をお祈りしています。