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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

トップマネジメントとして本質に近づき、新たな価値創造を!

2022年9月16日、JMAトップマネジメント研修・新任執行役員セミナープログラム内/経営者講演より

「守破離」を通じて自らの判断基盤を構築する

私は博士号を取得してから日本電気に入社し、静止衛星による通信システムなど開発の業務を20年経験し、事業部長となってから後の20年は経営に取り組んできました。経営する者として心がけてきたのは、自分がぶれないように見られるために何をすべきかを考えることです。

大切なのは自らの立場に応じて、理解すべき本質を深くすることです。課長のときは課の本質を理解し、課のみんなが納得できる話ができればよいのですが、部長になるとそれでは不十分です。部長の場合は一つの課ではなく部全体の本質を見なければ、自分がぶれて見えてしまいます。上の立場になればなるほど、深いレベルで本質を理解することが重要だと思います。

本日、この研修を受けているのはトップマネジメントの方々です。研修を受ける一番の目的は、みなさんが「自立(律)」することだと思います。自立(律)とは、自分の判断基盤の広さと厚さを増して、その基盤をベースに考え、判断することです。

マネジメントにとって重要なのは決断することであり、決断とは、判断基盤が決断する能力を持つことです。そしてこれは、「守破離(しゅはり)」そのものだと思います。

「守」とは歴史の中で培われた本質を学ぶことです。すべての事柄を自分の経験から学ぶことは時間的に難しいですが、歴史の蓄積から非常に効率的に学ぶことができます。

「破」では学んだことを一度、バラバラに分解し、何が重要かを深く考えます。その上で、腹落ちしたピースを埋め込み、自分の判断基盤を厚くし、強化するのです。

「離」は自分の判断基盤を作り、自らの文化を構築し、その判断基盤をベースに判断し始めることができる状態です。これがトップマネジメントとしての自立(律)です。

良い企業文化が人を育て、継続性を生む

企業の原点は「人が生きる」ことだと思います。我々は価値を創造し、人間社会に提供し、評価されたときに生きることができます。実は、「人間社会で活かされる」ことが非常に重要であり、活かされる努力をしているからこそ、生きることができるのです。

企業は人が活かされるために必要な「価値創造の場」です。いかに高い価値を創り、人間社会に受け入れてもらえるかを考え、努力するのがトップマネジメントの役割です。また、企業が価値を創造する上で重要なのは、継続性です。企業には「継続的な価値創造能力を持ち価値提供すること」と「継続的な価値創造の場を提供すること」の二つの重要な役割があります。

企業の継続性と人間社会の持続性は表裏一体です。企業が創った価値をベースに人間社会は回っています。政治は大きな方向感を出しますが、具体的な方向感は企業が必死に考えて、作って、人間社会に提供しなければなりません。企業はその重い役割を担っているのです。ですから、企業は価値創造の活動を通じて、人間社会の長期ビジョンを描き、その実現へ継続的に取り組むのです。

日本には創業100年を超える企業が約3万3000社あります。世界では創業200年以上の企業が約2000社ありますが、その65%が日本企業です。日本には企業価値を作り、その価値を提供し、雇用を守っていく能力があるのです。これは我々が自負すべき日本の特性だと思います。

近江商人の言葉に「売り手よし、買い手よし、世間よし」があります。ビジネスは、「売り手よし、買い手よし」で成り立ちます。「世間よし」は、「人間社会を良くする方法で価値を提供できているか」というもう一つ高いレベルの価値を意識していることを意味します。これが、日本企業が長く価値創造できている理由であり、人間社会への価値提供の意義を考え続けることによって育まれているのが企業の文化なのです。

企業には価値を継続的に生む文化が大切です。企業は数年、数十年ごとに必ず人が入れ替わっていきます。100年後には今の人は誰も残っていません。その時に唯一残っているのは文化なのです。良い企業文化を持ち、それを継続する努力をすることこそが、価値創造能力を継続的に持つことに繋がるのだと思います。

私自身、社長になったとき、「企業は文化」ということを社員に伝えました。現場ではなかなか取り組めませんから、良い文化を作る努力はトップマネジメントの役割です。みなさんが、文化の種をしっかりと理解し、企業に埋め込むことが重要です。

会場風景
人間の本質的欲求を推定し、イノベーションを生み出す

事業には「外への努力」と「内なる努力」という二つの要素があり、この二つをバランスよく推進することがとても重要です。

まず、「外への努力」ですが、企業は、継続的な価値創造をするためにイノベーションに挑戦します。イノベーションは、「従来にはなかった全く新しいソリューションがニーズに置き換わること」と定義されますが、私は「老若男女が自ら手に取って、使うようなもの」と定義しています。つまり「ホモサピエンスが何を欲しいと思っているか」を理解することがイノベーションを起こすことの本質です。例えば、携帯電話は「いつでも誰とでもどこでもコミュニケーションを取りたい」という人間の本質的な欲求に応えるものだからこそイノベーティブソリューションになったのです。

商品開発に向けて市場調査を行えば、人々のニーズを集めることはできますが、大切なのは、その調査から分かったニーズとそれを満たすソリューションから、人間の本質的な欲求を推定することです。人々は何を欲しがっているのか、何に利便性を感じているのかを理解することこそがマーケティングなのです。それが理解できれば、今あるニーズの「内側」に、ソリューションを置くことができるかもしれません。それを考えるのが商品開発だと思います。

「内なる努力」も必要です。まずCS(顧客満足)です。よく、CSをパーセンテージで表すことがありますが、何%であればよいという議論ではなく、やはり100%満足していただく責任が企業にはあると思います。考えに考え抜いて、より良いソリューションになるよう突き詰める努力を継続することが重要です。

もう一つは倫理観です。これは企業が価値創造する上で、絶対的に必要なものです。企業を運営しているとさまざまな問題が起こります。一人の社員の、たった一つの倫理観を欠く行動が世間に取り上げられることによって企業は潰れるかもしれません。とても怖いことです。ですから、倫理観を中心とした文化をしっかり創っていくことが企業の継続性には大切です。ぜひ、ここは注力してください。

強い意志と柔らかな心で経営に臨んでほしい

価値創造の観点から言えば、個人の力とチームの力の両方が必要です。ある会社に100人が入社します。1人に1の力があるとして、社員同士が何もコミュニケーションしなければ、1年経っても、その組織の力は100でしかありません。しかし、「三人寄れば文殊の知恵」の言葉の通り、コミュニケーションをすればプラスアルファが生まれ、100以上の力を発揮する組織となります。

企業というのは、部門や部署が作られた時点で「部分最適」に向かいます。それを止めることはできないし、勿論、意味もあります。しかし、企業としては「全体最適」が必要であり、さまざまな社員が部門や部署を超えて議論をしながら、高い価値を創ることが必要です。異なる部門の社員同士が価値創造のディスカッションをして方向感を導き出すには、トップマネジメントのみなさんがその場を作るしかありません。価値創造にはコミュニケーションが必要であることを意識し、組織を動かすとよいと思います。

そのときに、私は組織の「壁」を壊すべきでないと思います。壁を壊すと組織も壊れてしまいます。高い価値を創るには、壁を乗り越えてもらわないといけないのです。そして乗り越えるためには、議論の主語を「会社」に変えることが必要です。

それぞれの部門を主語にしている限りは、目標についての議論もその部門に限られたものになってしまいます。しかし、「会社」を主語にすれば、自ずと最後には「会社のためになる」という方向感が生まれ、みんなが納得でき、組織の壁を乗り越えられるのです。

最後に価値を創造する上での心の持ち様について話します。

まず、トップマネジメントであるみなさんは「100年後のことを、100年後の人に任せてはいけない」ということです。今、良い文化を作らないと100年後はありません。100年後のことを今、思うのは企業活動への愛、いわゆるエンゲージメントそのものだと思います。

『星の王子さま』を書いたサン=テグジュペリは「愛はお互いを見つめることではなく、共に同じ方向を見つめることである」という言葉を残しています。互いを理解し、同じ方向に行こうとすることこそが愛であり、企業活動へのエンゲージメントにも当てはまると思います。

人生は有限です。しかし、有限であることが人間の力を最大限に発揮させます。そして人生を豊かにするのです。みなさんは、企業の命を預かるトップマネジメントとして限りある時間をどう使うのかを意識することが企業の大きな力になり、みなさんの人生を豊かにすると思います。

そして強い意志を持つことが大切です。私は事業部長になったとき、 “Strong Will and Flexible Mind”という言葉を社員に伝えました。強い意志と柔軟な心。価値を創り上げ、成功に導くには強い意志を持って臨むことが重要であり、同時に、さまざまな人の意見を聞き、解釈し、自分の中に組み込む心の柔らかさ。その二つがみなさんの会社をよい方向感へと導いてくれると思います。

“Strong Will”は新たな価値を創造する意志であり、 “Flexible Mind”は異なる価値を楽しむ心です。トップマネジメントのみなさんにおかれましては、この両方を持って、人間社会への継続的な貢献をして頂きたいと思います。