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小会のさまざまな活動を紹介しながら、これからの経営課題を予見し、課題解決のヒントを探っていきます

【第13回】2025 GOOD FACTORY賞® 受賞企業講演会〜優良工場の実践事例に学ぶ〜

受賞講演(3) ファクトリーマネジメント賞
BASFジャパン株式会社 六呂見事業所
Release May. 2025

2025 GOOD FACTORY賞 表彰式イメージ
[講演内容]六呂見事業所製造実力向上に向けた‘改善プロジェクト’の遂行と人材育成への取り組み
BASFジャパン株式会社 六呂見事業所
ディスパージョン&レジン事業部 六呂見事業所長 澤田 宏一郎 氏
製造・施設部門 統括マネージャー 埴淵 俊平 氏

BASFはドイツに本社を置き、世界90カ国以上で事業展開する総合化学メーカーです。日本法人であるBASFジャパンは関連会社を含めて国内に6つの生産拠点を構えており、六呂見事業所はその一つとして1962年に三重県四日市市で創業し、現在は主にアクロナール(建築用塗料や粘接着材原料等)、ジョンクリル(印刷インキ原料等)といった製品を24時間365日、3交代制で製造しています。

今回GOOD FACTORY賞®で審査していただいたのは、六呂見事業所が抱えていた短期、中期、長期の3つの課題に対する取り組みです。生産ラインの大幅改造に伴うメリット早期享受に向けた生産効率の改善(短期的課題)、全社的な環境目標達成と事業所独自の排水削減(中期的課題)、定年退職を迎える従業員が増加することに伴う世代交代・人材育成(長期的課題)に対して、私たちは、改善プロジェクトや組織改革を通じて取り組んできました。その具体的な内容をプロジェクトリーダーの埴淵より発表いたします。

短・中・長期の課題に3ステップで対応

私たちは、短期、中期、長期の課題に対して、3ステップで段階的にさまざまな取り組みを実行しました。

まずステップ1として、旧E&M(エンジニアリング&メンテナンス)部門で‘改善プロジェクト’を設立し、短期・中期課題に取り組みました。次に、ステップ2として、全員参加型の改善文化定着を推進しましたが、残念ながらうまくいきませんでした。しかしそこで諦めず、ステップ3として組織改革を図り、改善文化の定着、さらに長期課題の人材育成にも本格的に取り組みました。

ステップ1:改善プロジェクトによる短期・中期課題への取り組み

‘改善プロジェクト’の設立当時、当事業所は、まず体系的に改善を行う仕組みを制定する必要がありました。また、外資系特有の課題として、市場が成熟している日本において日本独自案を進めるには、抜け目のないロジックの構築や投資ミニマム化に向けた創意工夫、海外承認者と議論を行うための語学力なども求められ、改善を進める上でさまざまな困難を抱えていました。しかし、これらの壁を執念で克服し、大きな成果を挙げました。改善事例として3つの取り組みを紹介します。

①熱交換器更新

製造工程でボトルネックとなっていた昇温工程の時間短縮と使用蒸気削減のため、既設の熱交換器を高効率熱交換器へ更新しました。その過程では、3D図面を駆使して新熱交換器のコンパクト化に努め、工事費を約30%抑制。昇温時間を40分短縮したほか、蒸気原単位を10%、電気原単位を1%改善しました。

②温度制御改善

重合工程で蒸気を過剰供給せざるを得なくなる「内温ハンチング」を削減するため、温度制御の改善を検討。品質に影響を与えないギリギリの範囲で偏差を許容することを対策のコンセプトとし、制御パラメータのチューニング、信号処理機能の増強・増設を地道に行った結果、内温ハンチングの激減、蒸気原単位15%改善を実現しました。この改善は、投資ゼロ、安全品質トラブルゼロで達成しています。

③脱臭工程排水削減

脱臭工程ではガスの冷却に水を使いますが、VOC(揮発性有機化合物)を含む排水が発生し、その量は事業所全体の排水の10%を占めていました。対策として、冷却槽内のシャワーリングをスプレーノズルに更新し、排水を40%削減。さらに海外工場のノウハウを学んで冷却水のリサイクルを実現し、脱臭工程の排水をほぼゼロにすることができました。

こうした改善を積み上げた結果、プロジェクト前と比較して生産効率を15%改善し、排水60%減、蒸気57%減、電気20%減(CO2換算で35%減)を達成し、社内表彰のみならず、2023年度省エネ大賞の経済産業大臣賞を受賞することができました。

大きな成果を残すことができたポイントは、課題解決に向けて真剣に改善に取り組まなければならないという危機感、日々の議論から生まれる技術的好奇心と相互信頼、提案に対する上長からのサポート、プロセスも高く評価する表彰制度の4つの要素にあったと考えています。この4要素がうまく混ざり合い、化学反応を起こすように大きなエネルギーを生み、プロジェクトが加速していきました。

「危機感」「議論による好奇心・信頼」「上長からのサポート」「表彰制度」の4つの要素は、その後のステップでも、取り組みの大きなポイントになっていきます。

ステップ2:改善文化推進を図るも苦戦

次のステップとして、全員参加型の改善文化という理想を実現するため、まずは日勤スタッフ向けに改善マインドの浸透を図る「改善進捗確認会議」を開催することにしました。ところが残念ながら、それだけでは改善を他人事と捉えてしまう体質を変えることはできませんでした。

体質やマインドセットを根本から変えるためには、形式的に人を集めて会議を開くだけでは不十分であり、ステップ1を推し進めた「4つの要素」を日々のマネジメントの中で展開させていくことが不可欠だと考え、ステップ3として組織改革を断行しました。

ステップ3:改善文化定着の実現・人材育成(長期課題)推進

組織改革の1歩目として、2023年7月に部門の統合を図りました。製造、E&M、安全環境、品質管理の4部門のうち、製造部門とE&M部門を統合し、新たに「製造・施設」部門を発足させました。そして、新組織の下、あらためて「4つの要素」の展開による全員参加型改善文化の定着、さらに長期課題である人材育成にも本格的に着手しました。

①4つの要素展開による全員参加型改善文化定着

まず、日勤スタッフに向けて、毎朝対面会議で会社や事業所の状況をオープンに伝え、危機感を共有しました。また、改善を「個々の悩みの解消」と位置づけ、会議の場でそれぞれの悩みを言語化してチーム一丸で議論し、楽しく迅速に解消するよう努めました。

次に、交替班にも日勤スタッフ同様に事業所の状況を伝えて危機感を共有し、運転上の悩みを言語化してもらった上で、改善に向けて議論しました。合わせて、シフト間の申し送りを電子化して全班員の悩みを把握できるようにし、日勤と交替班が一丸となって改善に取り組みました。

議論の場でポイントにしていたのは、どんな悩みも否定せずに傾聴するということです。たとえば「パソコンのマウスが壊れた」といった悩みもあったのですが、それもしっかり解消することで、「組織は個々の悩みを否定せず、着実に改善してくれる」という空気が少しずつ醸成され、誰もが改善に向けた議論を積極的に行うようになっていきました。

芽生え始めた改善文化が定着するよう、上長は改善提案の具現化をサポートし、社内表彰制度によって全ての提案に感謝を伝えて褒賞しました。優れた提案にはシニアマネジメント層からも感謝が伝えられ、プロセスの部分も高く評価されたことも、改善文化の定着を後押ししました。

取り組みの結果、ステップ3開始前と比較して、改善提案数は5倍強に増え、現在は従業員一人当たりの改善提案数は当社事業所内でトップとなりました。さらに、日勤のタスクが大幅に整理され、残業時間減、有給取得率ほぼ100%といったワークライフバランスの向上も見られ、持続的に改善を行う環境が構築できたと考えています。また、従業員のエンゲージメントとインクルーシブを問うアンケートのスコアも改善し、積極的に改善に取り組む事業所に変貌を遂げたと自信を持って言えます。これらの改革により2024年は大幅なコスト削減も実現し、経営指標も大きく改善しています。

②人材育成

人材育成は、自発的な自己研鑽文化の定着、技能伝承の促進の2つを柱として取り組みました。

自発的な自己研鑽を推進するため、まずはマネージャーが率先して技術資格取得、英会話学習、学術論文の調査などに取り組み、成果をチームに開示して範を示しました。その結果、自己研鑽に積極的なメンバーが増え、公害防止管理者資格取得、英検準1級合格など高い成果を残す者も出ています。また、メンバーが独自にデジタルスキルの学習や論文調査を行い、得られた知見を実務に応用した事例もあります。OFF-JT、OJTの両面で自己研鑽が加速しており、その効果が現場で発揮されています。

また、技能伝承においては、作業標準の拡充と教育、中堅・若手の業務スパン拡大を狙った業務ローテーションの企画、中堅・若手を対象としたトラブル時の初期対応強化、プロ講師を招いたコミュニケーションなどソフトスキル研修の4つの打ち手を講じているところです。

こうした施策により、日勤スタッフ、交替班ともに自己研鑽や技能伝承が積極的に進み、社長賞相当の社内表彰や事業部表彰を受けるなど、経営層にも認知される素晴らしい成果を残しています。

まとめと今後

今後の課題として、事業所の垣根を超えた人材育成、改善の標準化・高度化が挙げられます。人材育成では、俯瞰的な視野を育てるため、リーダー候補生の事業所間交換派遣を検討しています。さらに、改善の高度化・標準化のため、積極的なIE(Industrial Engineering)手法の活用、要素技術の深掘り、デジタル・AIの導入などを進めていきたいと考えています。

コーディネーター総評

審査で高く評価されたのは、改善が進みにくかった工場に改善文化をつくり上げた好事例であるという点です。「楽しくやる」「相手を信頼尊敬する」「部門間で協力する」という行動指針の下、マネージャーの言動を統制し、スタッフの心理的安全性が確立されていたからこそ、全員参加の改善が推進され、さらに自己成長、業務効率化に繋がっています。

また、発表では触れられていませんが、3つのステップには体系的、網羅的な指標や目標が設定され、構造的なシナリオに沿って進められていたことも成功のポイントだったと思います。

Transformation Consulting合同会社
CEO/Management Consultant
松田 将寿氏
GOOD FACTORY賞®を受賞して
審査員の方から第三者視点が得られたのはとても有意義なこと

受賞が決まったと連絡いただき本当にうれしく、社内外から多くの祝福メッセージを受け取りました。特に、BASFジャパンの経営層や他事業部、さらには海外の同僚からも祝福の声が寄せられました。

応募のきっかけは、事業所をより良くしたいという思いからです。いろいろ調べ、GOOD FACTORY賞®が日本能率協会さん主催の権威あるアワードであることを知り、他社の優れた取り組みを学び、自社でも展開しようとスタートしました。

応募過程で、膨大な資料作成や事前課題への対応、現地審査への準備など大変ではありましたが、特に現地審査では細かな点まで確認いただき、第三者の視点として有益なフィードバックを得られたことはとても有意義なことでした。

改善により従業員の意識改革が進み、特に5S活動への取り組みが評価され、改善提案が増加しました。一般的に外資系は、効率化や成果にのみスポットがあたる印象がありますが、私達は現場の声を大切にする企業で、人材育成に励んでいます。今回の受賞で工場見学の増加や人材募集などいろいろなところに反響するのではと思っています。