トヨタモーターベトナム(TMV)は1995年9月に設立され、1996年に生産を開始。現在まで累計50万台を生産してきました。弊社のアジア事業体の中でもまだ小規模ではありますが、ベトナムのGDP成長率は基本的に7%を超えており、今後自動車市場は年12%のペースで拡大すると言われています。
ベトナムの自動車市場の拡大に伴い、TMVでは2013年ごろから生産台数が右肩上がりに伸びていたのですが、急な政策などの影響を受けて伸び悩む年もありました。また、ラインナップも、現在はコンパクトなセダンやSUVを生産していますが、過去にはハイエース、カムリといった大きな車格の車も生産していました。生産台数、車種ともに、短期間でさまざまな変化点があった工場だということができると思います。私たちTMVのマネジメントシステムは、こうした短期間での台数変動や車種追加に対応するために生まれたものです。
右肩上がりで生産台数が伸びていた2015年ごろのTMVは、急な増産や車種切替に対応する一方、トヨタの生命線である品質がぐらつき、品質の主要KPIが達成できていない状態にありました。その原因は、保全を含めた標準作業が守られず、「整理、整頓、清潔、清掃、躾」の5Sも、日本のトヨタに到底及ばないレベルだった点にあります。品質の基本は標準を守ることですが、それが徹底できていなかったのです。
この課題を解決するため、TMVが参考にしたのが、タイにあるトヨタのエンジン工場(STM)が実施していた「3本柱」活動です。3本柱活動とは、トヨタが実施している製造職場の運営の仕組みです。4Sの強化をベースに、「標準作業の徹底」「加工点管理」「自主保全」の3つを柱に改善活動を実践。製造業の6大任務である安全、品質、生産性、コスト、環境、人財育成に貢献するものです。3本柱には、柱ごとにブロンズからゴールドまでのレベルがあり、各職場で実力に応じて目標レベルを設定。各レベルには明確な合格要件があり、特別な訓練を受けた監査員が要件表に沿って定期的に各職場を診断、レベルを付与します。STMでは、会社方針としてこの活動に全員参加で取り組み、日本のトヨタにも劣らないレベルで5Sが実践されていました。
TMVでもこの「3本柱活動」をすぐに導入しようとしたのですが、3本柱のうち、加工点管理と自主保全は、私たちの車両工場にはなじみにくい活動であることに気付き、方針を転換。3本柱活動をそのまま真似るのではなく、活動を成功に導く仕組みに注目し、リーダーシップ、リソーセス、明確な合格要件、監査、ランキングとアワードの5要素を抽出して「5 key Driver」と名付け、自工場内に展開することにしました。
5 key Driverに基づく活動は、ものづくりの基盤であり現場の変化を実感しやすい5Sから始め、具体的には以下のような5つの活動を活動を展開しました。
<ステップ1 準備>
1 要件表作成(明確な合格要件)
5Sを5段階のレベルに分け、レベルとタイトル(ブロンズ~ゴールド)の紐付けを行いました。工程の特徴によって不公平が生じることも考えられるため、この時点で慎重な考慮が必要です。紐付けができたら、合格要件表を作成します。さらに、どんな状態がどのレベルに属するのかを誰もが同じレベルで理解できるよう、要件ごとにOKとNGを動画で撮影してライブラリー化しました。この映像は現場教育にも使用しています。また、合格要件表は毎年見直し、その時々の状況や方針に合わせて要件項目を改定しています。
2 活動時間・要員の確保(リソーセス)
稼働時間内に10分間を5S活動に割り当て、全員参加の活動時間を捻出。活動中に見つけた課題は、課題リストにまとめ、改善が終わるまでリストに基づきフォロ-していきます。また、現場課長が部下と改善について相談する時間を確保するため、課長の業務負荷を軽減。他事業体からの講師招聘、日本のトヨタの改善事例の紹介など、改善のための知識や技術の取得を工場全体でサポートしました。さらに、組織の中にTPS/5 key Driver部門を設置して要員を確保。この部署のメンバーが各ショップ(工程)の先生役となり、日々の5S活動をサポートしています。
<ステップ2 実行>
3 定期監査(監査)
定期監査には、ショップメンバーの視点や知見工場を目的とした「各ショップセルフ監査」、ショップメンバーがほかのショップの監査を行って知見や改善アイデアを共有する「クロスファンクション監査」、TPS/5 key Driver部署の「プロによる監査」の3種類があり、プロによる監査の結果によって評価が決まります。それぞれの監査でNGだった件数と改善の進捗もグラフ化して明示。さらに、単に評価点をつけるだけでなく、現場担当者が評価の理由を納得するまで議論した上で改善を進めています。監査員の職位は、グループ長やマネージャーを選んでいます。幹部クラスが監査員になると、現場が腹落ちしていなくても結果にイエスと言ってしまうことが多く、活動の意味がありません。
4 ランキングとアワード(ランキングとアワード)
活動に取り組めば報われることを明確に示すため、目標達成時の報奨制度を充実させました。監査結果のスコアは毎月集計され、従業員が必ず目にする場所にランキングを掲示。工場長が直接各ショップのマネジメントの前で表彰を行うことで、誇りや自信に繋げています。さらに、スコアと合わせてその部署の担当課長を明記し、オーナーシップを持たせています。
5 工場長による定期監査(リーダーシップ)
一連の活動は、強いリーダーシップを持った工場長による定期監査で、さらに勢いが増します。上位が興味を示すことが重要であることから、工場長自ら幹部社員に講義し、全管理者をSTMに送り込むなど、活動への理解を深める施策を実施。さらに、年初に定期監査スケジュールを組み、工場長自ら監査を実施。各ショップへのアドバイスだけでなく、活動全体の進捗や課題をつかみ、活動の停滞などの異常があればいち早く状況を察知して対策を講じ、自ら解決に向けて行動します。
5 key Driverに基づく活動を繰り返した結果、ほぼ全ての組が5Sにおいて一定の目標を達成。明らかに現場の景色が変わったことを、工場のメンバー全員が実感することができました。さらに、5Sにおいて目標を達成した組から順に、次は5 key Driverを使った標準作業での活動に移行しています。標準作業の活動では、TPS自主研という社内研修を受けて工程を改善し、1直と2直の担当者による作業のクロスチェックも導入しています。
5 key Driverによる5Sの徹底により、ルールを守る習慣をTMV内の文化とすることができ、各種KPIが大きく改善し、品質が大幅に向上しました。5Sから始めた活動を起点として、現在は、標準作業やオフィスDXなど7項目で活動を展開しています。
さらに、本活動はTMV内にとどまらず、現地の仕入れ先にも展開しています。2023年時点で、現地調達している仕入れ先58社中、約半数で導入され、5Sの大幅な改善や品質不良低減に繋がっています。また、北米、インドの事業体、日本のトヨタの工場にも、活動の紹介や展開を実施しています。
2023年以降ベトナム市場は低迷し、この状況は2026年ごろまで続く見通しです。生産台数が少なく負荷が高くない本年から2年間を「踊り場」と考え、さらに強固な基盤づくりをする必要があります。また、今回紹介した活動には、ランキングが恒常的に低い職場へのサポート、ペーパーレス化と知見のデータベース化など、まだ多くの課題があり、ローカルメンバーを中心に対策を検討中です。さらに今後は、工程の自動化、環境対応にも力を入れていく必要があり、5 key Driverの次の活動として展開していく予定です。踊り場という逆境をチャンスと捉え、5 key Driverの活動をさらに進化、強化させていきたいと考えています。