日産自動車栃木工場は、スカイライン、フェアレディZ、GT-Rといった高級車・高性能車、さらに電気自動車アリア等の生産を行っています。日産自動車の国内生産拠点で唯一、車両とパワートレイン部品両方の生産を行う工場であり、車両、鋳造、車軸の3つの異なる製造部門を持っているという特徴もあります。
自動車産業を取り巻く環境は、今大きく変化しています。労働集約型からの脱却、少子高齢化に伴う人手不足に対応するための労働環境改革、新型コロナウイルスなど予期せぬ事態への柔軟な対応、気候変動への具体的な対策が求められ、さらに、自動車自体も電動化、知能化、コネクテッド技術の導入などが進んでいます。複雑かつ高度なクルマを作るための変動に強い生産現場と生産技術は、これからの日産の飛躍の要であるという考えのもと、栃木工場に導入したのが「ニッサンインテリジェントファクトリー(NIF)」です。
NIF化は以下の4つを柱として進められ、この柱に沿ってさまざまな技術、工程を導入しています。
※Connected:コネクテッド、Autonomous:自動運転、Shared & Service:シェアリング・サービス、Electric:電動化
1 未来のクルマを作る技術
従来、エンジンやマフラーなどのアンダーフロアの組付けは、複数工程に分かれて人の手で行われていました。NIF化に伴い、1つの設備であらゆる車種のアンダーフロアを一括自動搭載できる「パワートレイン一括搭載システム(SUMO)」を導入して、工程を完全自動化。フロント、センター、リアでパレットを分割することで、3×3×3=27通りのモジュールの組み合わせが可能になり、高い汎用性を実現しました。また、リアルタイム計測によって設備位置を補正し、非常に高精度な生産ができるようになりました。
電気自動車アリアでは8極式巻線界磁モーター(磁石レス)のモーターを採用しており、その巻線も自動で、高速、高精度、高密度に巻き上げ量産化を実現しました。
2 匠の技で育つロボット
「コックピットモジュール自動組付け」によって、組付け時のバラツキを補正する匠の技を、ロボットで忠実に再現。高速ビジョンシステムによって、ボディの寸法を高精度で計測し、最適な位置をリアルタイムで算出して組付けることが可能です。
また、従来は高い集中力と技能が必要だった仕様違いやキズの検査も自動化し、センシングカメラによって56項目の検査を実施しています。
3 人とロボットの共生
作業者の指の感覚をロボットに移植することで、ヘッドライニング組付け作業の自動化を実現しました。車の天井の内張り部分に当たるヘッドライニングは、比較的柔らかい部品をクリップで組付けるため、繊細さが求められる一方、上向きの作業姿勢や装置の重量化で、作業者に大きな負担がかかっていました。そこで、作業者のクリップ挿入力を力覚センサーで診断してロボットに移植し、作業者の勘やコツ、匠の技をロボットで再現しています。
また自動機の保全においても、IoTネットワークによるリモート設備メンテナンスを導入。異常発生時には、自動機のセンサーや制御コンピューターの情報をもとに、集中管理室で異常の初期解析を行うことで、現場の保全員に最適な指示を出し、効率的で迅速な復旧が可能になっています。
4 ゼロエミッション化生産システム
従来、ボディとバンパーは塗装・焼付け温度が異なるため、別々に塗装作業を行っていました。そこで、低温で焼付ける塗料を新たに開発して一体塗装を可能にし、使用エネルギー25%削減、ボディとバンパーの完全な色合わせによる品質向上も実現しました。さらに、塗装工程では付着せずに飛散した塗料ミストをドライパウダーで回収する工法「ドライブース」を採用。ブース内の空調エアーをリサイクルできるようにし、使用エネルギーを25%削減しました。加えて、ミストを吸着したドライパウダーは、栃木工場内の鋳造部門で点火剤として100%リユースしています。
また鋳造工程では、集中溶解炉から手元溶解炉への変更を実施しました。鋳造機のすぐそばに小型の手元溶解炉を設置することで、ロボットによる給湯が可能になり、集中溶解炉から鋳造機まで運ぶ際の熱ロスも解消。安全かつエネルギー約20%減の省エネを実現しました。
加えて、栃木工場では、2030年を目標に、バイオエタノールを使用したSOFC(固体酸化物型燃料電池)発電によるCO2削減に取り組み、先日試験運用がスタートしています。
NIF化による自動化や新技術の導入と並行し、現場の対応として全員参加の自主保全の強化、デジタル技術活用による効率化を進めています。
全員参加の自主保全は、初期ステップとして清掃からスタートしました。以前から取り組んでいたことではありますが、NIF立ち上げに当たって多くの自動機が追加、新しい作業者が工場に加わったことで、再度強化する必要がありました。再度取り組むに当たって我々が行ったのは、ほかの部門の好事例から学ぶ「いいとこどりベンチマーク」の活動です。栃木工場の鋳造部門、車軸部門は、設備主体の職場ですので以前から全員参加の自主保全活動が非常に活発でした。そこで、車両部門はほかの2部門でどんなことが行われているかを学び、ペア活動と自主保全士育成をベンチマークとして導入しました。
ペア活動は、製造部のオペレーターが保全メンバーとペアを組んで点検などを実施することで、オペレーターが保全メンバーと同じ視点で日々の生産開始前点検を行い、自ら異変や異常に気付く力を付けています。また、鋳造、車軸部門では、自主保全初期教育、設備管理や点検を教えるカリキュラムが整備され、自主保全士育成の体制を確立していたことから、こうした活動も車両部門でも取り入れ、実践しています。
さらに、NIF化によって組立工場には多くの新しい自動化設備が導入されており、たとえばビジョンカメラを使う工程で清掃を行う際は、少しでもカメラをずらすと設備異常となってしまいます。そのため、保全メンバーと連携して清掃方法を検討し、より良い方法を日常点検に落とし込んでいます。
こうした全員参加の保全活動を行う時間を創出するために推進したのが、デジタル技術を活用した効率化です。その一例が、タブレット端末を使った作業観察のデジタル化です。
工長(現場の監督者)が行う作業観察について、標準作業書やチェックシートなどの帳票を電子化し、上長への結果報告も電子承認に変えて効率化を図りました。タブレットを使って作業観察の結果を写真や動画で残すことができるため、上長や作業者への観察内容の説明も具体的かつ容易になっています。さらに、現在の状況と次の手順を画面上で融合させるミックスドリアリティ(MRゴーグル)の技術を作業習熟訓練に活用。MRゴーグルを使って実際のラインで現物を見ながら作業習熟することで、早期習熟の実現と教える側の負担軽減が図られました。
日産自動車では、2019年にNIFのコンセプトを発表し、これまでにたくさんのメディアや関係者を工場にお招きしてNIFの周知、浸透に取り組んできました。特に、関係サプライヤー様への発信を重視し、将来に向けて日産が、製造現場が、どう変わろうとしているのかをしっかり見ていただいています。また、NIFの対象になった建屋だけでなく、栃木工場全体で外壁などを見直し、白く塗装した建屋に大きく工場名を表記するなど、“魅せる化”で工場の一体感を創出。従業員自身に「自分の職場」と意識してもらえる仕掛けを施しています。
これからも弊社栃木工場では、4つの柱をもとに、NIFのさらなる深化、拡大を図り、適用工程を広げ、働きやすい環境づくり、人とロボットのすみ分け、車の進化などの課題に対応していきます。さらに、マザー工場として、国内外の工場へのNIFの水平展開の役割も担い、さらなる飛躍を支えていきます。