仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第38回】10.在家仏教協会について - (3)

 そうしてそのころから仏教の四衆という言葉が出てきます。最初は出家したのは男性だけなんです。だからそれは女人禁制であったわけでございますが、ところがお釈迦さんを育てられたお母さん、育てられたお母さんというのはおかしいんですが、お釈迦様をお産みになったお母様は一週間で亡くなられた。お釈迦さんがお生まれになって一週間ほどで、産じょく熱であったかどうか知りませんが、すぐに亡くなられて、そのお妹さんが母になられたわけです。つまりお父さんの後妻になられるわけですが、そのお母さんが実際に釈尊を育てて、のちに釈尊は二十九才で出家されますけれども、ほんとうに育てられた大切な養母でございます。そのお方が、釈尊が悟りを開かれてからのち、自分もその教えを奉じたい、出家をしたいということを、さかんに頼まれるのであります。釈尊は、最初は、せっかくだけれども困るとお断りします。いくらお母さんであっても、女性である人をどうも教団へ入れることはできませんというて、こばみ続けられるのであります。