仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第37回】10.在家仏教協会について - (2)

 ところがそこへ若い青年がやってきまして、二十二歳であったらしいですが、彼は家をとび出しまして、そしてその教団へかけつけて、弟子にしてくれ、とこう言うわけです。そこでともかく教団へ入れてやりますと、そのお父さんが現われまして、自分の一人息子が出家をして、承るところによると、ここへ入っておるそうだ。それは困る。自分はこういうものであって実業を営んでおる。かなり調子よくいっているんだが、いま来ておるのはその一人子なんだ。これが出家をしてしまっては、自分の商売はおしまいになる。ぜひ返してくれ、とこういうことなんですね。釈尊はきわめておやさしいお方ですから、それはそのとおりだ、それじゃどうぞ、もう帰ってもらいましょうとおっしゃるんですけど、肝心な息子のほうが言うことをきかない。どうしても家を出て釈尊の弟子になりたいというて、逆におやじさんに向かって説教するわけです。釈尊から聞いたばかりのお話をおやじさんにしたわけです。聞いておりましたおやじさんが、だんだんと引き込まれまして、なるほど、それはすばらしい教えだ、それならしかたがない、息子はやむをえん、お弟子にしてもらいましょうが、ついでに自分も、実は商売をやめて出家したいとも思う。思うが、さてしかし職業を捨てるわけにもいかんし困ります。こういう私のようなものになにかうまい方法はございませんかといって聞くんです。そうすると釈尊が、いや、ある、それはおまえさんは商売をしていなさい、商売したままでも悟りは開けるよ。だがそれにはこうしなさいというて、日に三回「仏に帰依し奉る、法に帰依し奉る。僧に帰依し奉る」という言葉を三回ずつ、それを三度やりなさい、それでいいんだ。あとは商売を一生懸命やりなさい。そうすると必ずあんたは、悟りを究極において開くことはできるよ、こうおっしゃった。それが三帰依といわれるものでございまして、私どもの在家仏教ではその言葉をパーリ語、つまり釈尊がたぶんそのままお使いになっていたであろう言葉で、それをもって会をはじめるときに奉唱するんでございます。    ブッダン サラナム ガッチャーミー
 ダンマン サラナム ガッチャーミー
 サンガン サラナム ガッチャーミー
これでございます。そういうぐあいで、つまり出家をしない。べつに家を捨てることはしないで、商売をして、家内ももって、そのままで、仏と法と僧と……僧というのは教団のことでございますが、このごろでは日本では坊さんのことを言うんですが、そのころはそうではなくて教団のこと、そのころには釈尊を入れてお弟子が五人で、その息子を入れても全部で七人しかいない。その教団に対して礼拝をするということなのであったと思うんですが、とにかく仏と法と僧というものに帰依をする、こういうこと、それをずっと続けなさい。そうすれば悟りは開けると、こういう教えを教えられました。そこでもうすでに在家仏教というものがあったわけですね。そうとは言わないけれども、あったわけです。