仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第30回】8."生かされておる"のに"生き甲斐云々"とは何事か - (2)

 そういうことでございまして、仏教を信じたからといって、なにも五十のものが百まで生きるとか二百まで生きるということではないので、同じように生き同じように死んでいくんでございますけれども、その味わいが違うんでございますな。生きておる内容が違う。死というものに対する感じ方、その感じ方が違う、これはたいへんなんですね。それはけっこうな話なんです。禅なんて、ほんとうに境地が深くなった方はよくおっしゃるとおり、死生一如ということでございましょう。それから浄土門でも、たいへん信心深い人は、やはり、お迎えくださる、浄土へ行くんだ、浄土へまいるんだということを信じております。そんなばかなことを信じたって、そんなものありゃせんぞというのは人さまです。人ごとです。そういう方には浄土はありゃしません。如来もありません。したがって信者が味わっているような味わいのある世界もないわけです。信者の世界は、そんな浄土があるとかないとか、東だ西だという論をするような信者はないのでありまして、教えられたとおりにそれを信じ、そしてその人の生活はほんとうに充実した生活になる。