仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第28回】7.信の妙味 - (2)

 そこで、そういうふうな転換が起きて、それならおまえさん、いったい日常生活、なんか変わったかと、こうおっしゃいますと、実はなにも変わっておらないのでございます。同じ商売をやっております。商売をやっておれば損した得したとなりますし、赤字よりは黒字はうれしい。赤字ならば心配だ、そういうことをやっぱり繰り返しております。またそんなことばかりじゃない、煩悩のすべて、なに不足ない煩悩生活をやっておるのであります。それならば、宗教、なにもおかげないじゃないかといわれますが、さ、そこがそれ、理屈でありまして、宗教に入らずに念仏論をやったり仏教論をやるとそこへ行っちゃう。そんななんにもならんものを、だめじゃないかと、これは自分でお信じにならん人が、人ごとにご批評をなさっておるところであります。よく言うが、よく行なわない型のお一人だと思うのであります。そういう点は、やはり行なってみないと、行じてみなければわからない境地なのでございます。同じ生活をしていながら、そこに妙味がある、妙なる味があるのでございますね。伝教大師も"味"という言葉を使っていらっしゃいますが、それでありまして、えも言われない味がある。この味は自分で味わうよりしょうがありません。ものの味だってそうなんでありまして、砂糖が甘いとか塩が辛いといったって、なんぼその講釈を大学の講堂でノート一冊分聞かされたって、とても塩の辛さも砂糖の甘さもわかるものじゃないので、これはなめてみなきゃわからない、それと同じことなんです。法の味というものも、宗教的体験の味も、みずからが味わわなければしょうがない。だれもかわるものはございませんですからね。