仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第18回】3.私の信仰の経路 - (4)

 そうこうするうちに、やがて卒業になりまして、私、社会へ出てしまったのであります。社会へ出ますと、いやおうなしに日々の社事に追われ、またいろいろな欲望が起きるものですから、なんだかんだしているうちに仏教もどこえやら行方不明みたいになって、ぐずぐずときておったのであります。そうこうして、約十数年、そんな濁流をぐじゃぐじゃ泳いで……泳いでといりより流されておったのでございますが、会社の命によりまして、べつの仕事、やはり会社の流れを追ってはおりますが、べつな任務につかされたわけです。そのべつの任務というのが、他の同業二社といっしょにつくった共同経営機関です。それはなかなかしゃれた、当時としては非常に進んだ行き方だと思う組織ですが、そこへ出向を命ぜられました。ところが、その上に熱心な浄土真宗の上司がいられたわけであります。その機関は会でありますので、会長という方が一人、これは私の育てられた宝酒造の社長が会長でありました。その下に副会長が二人おられまして、その一人が合同酒精の社長でございまして、野口喜一郎という方でございますが、この方が、私が出向を命ぜられて行った職場の副会長なので、私はその直属みたいになったわけです。そのお方が非常に熱心な浄土真宗の信者でいられたのでございます。昨年、惜しくも八十六歳でお亡くなりになりましたが、そのお方が会社へ、松原致遠という、浄土真宗のお坊さんなんですが、そのお方を頻繁にお招きされまして、無理無理聞かされました。ここほどの人数はいませんでしたけれど、十五人か二十人という社員を集めて、そうしてほんとに無理無理聞かされたわけです。それがもう、いやでかなわんのです。こちらは学生時代にちょっと本をかじっていたとか、いっぺんだけ聞いたことがあっても、むしろあんなむずかしいものをおれにわかるかいというようなものでありましてね。反発をしておる時期でございますから、そこへもっていって無理無理聞かされたというのは、これはつらいものでありまして、ほんとにいやでございました。いやというより腹が立ってくるのであります。忙しいのに就業時間にやられるんですから、就業時間中に職場で、事務所の中でやられるわけですから、就業時間中、仏教の話を聞かせるとはけしからんということで、大いに腹を立てておったわけであります。そんな態度で聞いておりますから、わかるはずはありません。ほかのことばかり考えているんですから。ところが、上司のご命令ですからいやにいやながらも聞かないわけにいかなかった、だいたい月にすくなくとも一回、多いときには三回も、とにかく毎月毎月聞かされておったんです。かなり長いこと聞いておりましたときに、どういうことか、ある日の先生のお話にたいへんに驚いたのであります。