仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第13回】2.大乗仏教 - (1)

 これがつまり奈良の仏教を捨てて……捨ててというのは大げさかもしれませんが、どちらかといえば、奈良の仏教は自分がまず悟ることだ。自分か阿羅漢になることである。阿羅漢の道を求めるということは悟りの道であります。しかし私は、まだみんな迷っているのに、わしだけが悟ったってしょうがない。申しわけない。私はそんなことはできない。みんないっしょに妙覚の山、悟りの山へのぼって、みんなといっしょにその味わいを味わいとうございます、というのがこの『願文』の一節でございます。これが大乗仏教の根幹だと私は思うのであります。小乗仏教というのが、むかしからあったというわけじゃございませんが、大乗仏教が出てから、大乗の方々が、むかしの仏教は小乗仏教で、あれは自分のことだけ考えているんだ、自分だけ悟ることを考えておって、ひとのことを考えていないーまあそうでもないと思うのですけれども、私は。だけれどもいちおうあれは自分の悟りのことばかりで、ひとのことはあまり考えていないというのが、大乗側が批判して言った言葉でございます。大乗というのは、それじゃいかん、みんなといっしょに悟りもともどもに悟ろう、また安楽の世界にもともどもに行こう、こうじゃなければいけないというのが大乗仏教です。