仏教と実業 (第26回一隅会より)

協和醗酵株式会社 会長
社団法人在家仏教協会 会長
加藤弁三郎氏 (当時の役職)

1972年8月19日、第26回一隅会においてご講演いただきました一隅会速記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。
本講演内容は、ご自身の仏教とのかかわりをはじめ、仏念や在家仏教協会に関わる内容まで、実業と仏教のかかわりについて深い示唆を与えていただく講演内容です。

【第11回】1.伝教大師と山家学生式 - (11)

 だから、よく言い、よく行なうという人は、具体的に言うとどういうことかというと、悪いことは全部わしのほうへ引き取る。あ、それはわしが悪いという、これはたいへんなことですね。こういう方も、また今日非常に少ない。そしてまた、いいことは他に与える。このごろその反対の人は非常に多くなってまいりましたけれども、会社なんかを経営しておりましても、悪いことがあると、みな上の責任だ下の責任だと、上か下へ持っていって、自分はたいした悪いことはないという、ややもするとそういうタイプの人を見うけることがございます。ところがそういうのは伝教大師はおとりにならないわけで、よく言いよく行なうは、つまり悪いことはみな自分のほうへ向けて、それは私が悪い、こういうふうに言う人であります。いいことは、ああ、あれがやったんですと。だから上司のおかげであるとか、あるいは部下のおかげであるとかと言う人です。そういうふうに行なう人、それがすなわちよく言い、よく行なう人、已を忘れて他を利する人なんだ。それこそ仏教で教えておるところの慈悲の極なりこういうことなんです。ですから慈悲ということ、慈悲の論をするだけでも、二時間や三時間かかるほどむずかしいでしょう。しかし伝教大師はきわめて具体的なんですね。慈悲とはなんぞやということはよくご承知なんだけれども、こういうところで長ったらしい論はなさらない。「己を忘れて他を利するは、慈悲の極なり」、これはよくわかるんですな。仏教大師はなにをお考えになっていたか、なにをもって慈悲とお考えになっていたか、どういう人を育てていこうとなさっていたか。十二年間、山にこもって鍛えに鍛え上げる。それはどういう人物に仕立て上げようとするかということは、いま言ったような人物に育て上げよう、こういうことなのであります。