産業新時代と経営倫理

社団法人日本能率協会
会長 十 時 昌(当時の役職)

一隅会創立15周年(1985年)記念特別講演会の記念基調講演として記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。本講演記録では、急きょ講演しなければならなくなった事情などの前段がありますが、本題からお伝えさせていただきます。

1985年という時代を想像いただくために、主な出来事をお伝えします。
前年(1984年)の1月9日に東商1部ダウ平均株価が初めて1万円台を記録し、7月に夏季オリンピック・ロサンゼル大会が開催。
1985年3月に科学博―つくば博が開幕し、4月に日本電信電話株式会社と日本たばこ産業株式会社が発足。5月には男女雇用機会均等法が成立。
ホワイトカラーの生産性向上やオフィス革新、またサービス産業におけるサービス向上に関心が高まりはじめるという時代でした。

国際化について 1

 この面で大変すばらしい仕事をしておいでになると思うのは、釣り具メーカーのダイワ精工の杉本さんという会長さんですが、この方とも私は大変親しくしていただいておりまして、この方のお話を伺うのは非常に楽しみなんです。いつもおもしろいお話を伺えますから。釣り具で発足されまして、現在はいろんなスポーツ用品を作っておいでになります。この会社は、いちはやく海外進出を果たされた、といっても非常に一般の会社とは違った形でもって海外進出を果たされたわけです。杉本さんのところでは大変優れた釣り具をお作りになっているわけですけれども、それが大変すばらしいという評判でアメリカにもどんどん輸出されましたし、ヨーロッパにも輸出されました。それを海外で広めていくについては、杉本さんは、簡単に申しますと日本人の手でもってアメリカに工場を作ってそこで売るとか、ヨーロッパに日本人の手でもって会社を作ってそこで売るというようなことはあまり考えなかったのです。そんなことよりも自分のパートナーを、アメリカの場合にはアメリカ人に求める。ヨーロッパの場合にはヨーロッパ人に求める、韓国だったら韓国人に求める。それぞれの国の人たちに自分の会社の物を作ってもらう、自分の会社の品物を売ってもらう、そういう形での、これが私は典型的なグローバル化のタイプだと思うのですけれども、そういうことをやっていかれました。
(続く)

  • 略歴
  • 大正9年生れ。川崎航空機工業(株)、不二越綱材工業(株)を経て、昭和23年社団法人日本能率協会入職。理事、常務理事、専務理事を経て、昭和48年理事長、昭和50年会長に就任、昭和57年藍綬褒章を受ける。(株)日本能率協会コンサルティング代表取締役、(財)日本生産性本部顧問、(社)経済団体連合会評議員などを務める。経営全般、工程管理、工場設計、設備管理等をテーマとして約100社の調査指導にあたる。
  • 著書
  • 「設備の医学」(白桃書房)、「第一線管理者としての作業長」、「これからの作業長制度」、「複眼のアドバイス」、「現場管理者の革新」(いずれも日本能率協会)