産業新時代と経営倫理

社団法人日本能率協会
会長 十 時 昌(当時の役職)

一隅会創立15周年(1985年)記念特別講演会の記念基調講演として記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。本講演記録では、急きょ講演しなければならなくなった事情などの前段がありますが、本題からお伝えさせていただきます。

1985年という時代を想像いただくために、主な出来事をお伝えします。
前年(1984年)の1月9日に東商1部ダウ平均株価が初めて1万円台を記録し、7月に夏季オリンピック・ロサンゼル大会が開催。
1985年3月に科学博―つくば博が開幕し、4月に日本電信電話株式会社と日本たばこ産業株式会社が発足。5月には男女雇用機会均等法が成立。
ホワイトカラーの生産性向上やオフィス革新、またサービス産業におけるサービス向上に関心が高まりはじめるという時代でした。

競争とルール 1

 スポーツを例にひいてみますと、スポーツというのは運動能力の極限を求めるということなんだと思いますが、そのために当然競争ということをやるわけです。走る力を競うためにはマラソンもあれば100メートル競争もあるわけです。しかし運動能力の極限をきわめることが本当にうまくいくためには秩序立ててわたり合わなければいけない。不公平であってはいけないということでもって、いろいろなルーツが設けられます。大体スポーツのルールは、初めはなかったんですね。しかし、だんだんとスポーツが盛んになるにつれていろんなルールができてまいります。たとえば相撲の元祖は野見宿弥だというんですけれども、野見宿弥は、相手を、何という人だったか、蹴殺してしまったというんですね。現在の相撲では、そんなことはできないにわけです。そんなことでは死人、けが人が絶えないから何とかルールを作りましょう、というんですね。たとえば足で蹴るのはルール違反である、あるいはげんこつで殴るのはルール違反であるというようにいろいろなルールができまして、だんだんとルールが整備されてまいりまして、そしてだんだんと近代的な、運動能力の極限ということだけを測定するようなスポーツの始まりというのが出来上がって来る、こういうふうなことだろうと思うのですげれども、こういうことが、当然、企業の、先程申しましたような意味での競争にもなければいけないわけです。
(続く)

  • 略歴
  • 大正9年生れ。川崎航空機工業(株)、不二越綱材工業(株)を経て、昭和23年社団法人日本能率協会入職。理事、常務理事、専務理事を経て、昭和48年理事長、昭和50年会長に就任、昭和57年藍綬褒章を受ける。(株)日本能率協会コンサルティング代表取締役、(財)日本生産性本部顧問、(社)経済団体連合会評議員などを務める。経営全般、工程管理、工場設計、設備管理等をテーマとして約100社の調査指導にあたる。
  • 著書
  • 「設備の医学」(白桃書房)、「第一線管理者としての作業長」、「これからの作業長制度」、「複眼のアドバイス」、「現場管理者の革新」(いずれも日本能率協会)