産業新時代と経営倫理

社団法人日本能率協会
会長 十 時 昌(当時の役職)

一隅会創立15周年(1985年)記念特別講演会の記念基調講演として記録をもとに、一部編集をしてお伝えいたします。本講演記録では、急きょ講演しなければならなくなった事情などの前段がありますが、本題からお伝えさせていただきます。

1985年という時代を想像いただくために、主な出来事をお伝えします。
前年(1984年)の1月9日に東商1部ダウ平均株価が初めて1万円台を記録し、7月に夏季オリンピック・ロサンゼル大会が開催。
1985年3月に科学博―つくば博が開幕し、4月に日本電信電話株式会社と日本たばこ産業株式会社が発足。5月には男女雇用機会均等法が成立。
ホワイトカラーの生産性向上やオフィス革新、またサービス産業におけるサービス向上に関心が高まりはじめるという時代でした。

社会にとって 1

 それから三番目に、一般社会ということを先程申しました。昔は、経営問題を考えていく場合に、お客様と会社、それからさらに進みまして会社と従業員というような関係が大変重要なことと考えられてきておったのですげれども、最近は存続のためには、企業がその存続を続けていくためには、単にそれだけではなくてそれを取り巻く社会との対応ということが非常に重要な問題になってまいりました。これには、マイナスの面とプラスの面かおるわけでございまして、マイナスの面といたしましては、非常に簡単な例としては公害問題というのがございます。何か新しい工場を一つ作ろうといたしますと、世間の人たちはその工場が騒音を起こすのではないか、煙を出すんじゃないか、悪い臭いを出すんじゃないかということで。まずその会社が、われわれの社会の平穏を崩してしまうんじゃないかという危惧を持ちます。それはマイナスの面ですが、そういうことはこれからは許されないわけでございます。それからまたプラスの面といたしましては、その会社がそこに存在することによってその社会全体の雇用を促進する。それからまた固定資産税その他でもって、その地方を潤していく。あるいは従業員がその地方にお金を落としてくれるというような面もございますし、さらにまたその会社の存在ということがその地域社会の文化の向上に、いろいろな活動をしてくれるということも期待されるでありましょう。というように経営の態度というのは、利益を上げることを考える前に、今のような三つの対応が同時に考えられることが必要なのではないかと思うのです。
(続く)

  • 略歴
  • 大正9年生れ。川崎航空機工業(株)、不二越綱材工業(株)を経て、昭和23年社団法人日本能率協会入職。理事、常務理事、専務理事を経て、昭和48年理事長、昭和50年会長に就任、昭和57年藍綬褒章を受ける。(株)日本能率協会コンサルティング代表取締役、(財)日本生産性本部顧問、(社)経済団体連合会評議員などを務める。経営全般、工程管理、工場設計、設備管理等をテーマとして約100社の調査指導にあたる。
  • 著書
  • 「設備の医学」(白桃書房)、「第一線管理者としての作業長」、「これからの作業長制度」、「複眼のアドバイス」、「現場管理者の革新」(いずれも日本能率協会)