日本の能率を築いた人びと

執筆者:社団法人日本能率協会常務理事 中嶋誉富(当時)
本記事は、1987年「JMAジャーナル」において連載されたものを編集して掲載しています。
記事中の役職名や数字などは当時の原稿どおりとしています。

小野常雄 日本能率協会に脈うつその思想 3

 コンサルティングの工場診断と改善提案は1工場1ヵ月というパターンで標準化したメンバーは1ヵ月間家を空けてお米と書類をかついで出張し,終了間際の2〜3日は睡眠時間数時間という苦闘を続けて発表会に臨むというパターンを年8回(8社・事業所)繰り返す。これをわれわれは8M (Month)制といっていたが,このMサイクルという標準スケジュールは小野の発案によるもので,内部管理上はなかなか有忿なもので,テーマとしては次の3つを総合一体化していた。

(1)物資不足に対応する飛躍的増産体制の提案
(2)良品廉価を狙う作業管理とその改善の提案
(3)工期短縮,納期確保,操業管理の工程管理制度改善の提案

 これらはほとんど業種規模の差はあっても,コンサルティングの内容と期間は1Mとして標準化されていたのである。
 とくに工程管理の改善には,当時推進区制工程管理が適用されたがごく簡単に紹介したい。

推進区制工程管理制度

 これは日本能率協会が,戦時中空襲下での航空機生産が疎開分散化する中でその生産態勢や生産管理をいかにすべきかという時代の改善要請から生まれたもので,小野がまとめた大変ユニークな制度である。
 推進区という,長以下20〜30名のWork Center を組織し,加工,運搬,検査,日程管理,設備管理,品質管理,仕掛管理などの機能を自前で内蔵し,生産管理本部の総合的生産計画と自ら整合して自己完結的に責任を負う管理単位の制度なのである。
 工程管理としては,コンピュータのない時代に開発した,今でいうMRP的なオーダー引当を1機ごとに適用した生産管理方式であり,組織としては,小野の持論である作業管理と工程管理を一元的に統合し,全体と個をつなぐ自律的マネジメント対応力をもつ組織なのである。
 引当製品の1機ごとの号機管理とか,必要部品の手配番数と基準日程をシステマティックに,しかもビジュアルに連動させた画期的制度であったのである。

完全サイクルの確立

 2〜3年続けていた,この工場診断,改善提案のMサイクルでは,工場はよくならない。診断結果も提案内容も「ごもっとも,よくわかりました」といわれるが,実施されるとは限らない。むしろ実行されないことのほうが多いのである。提案側にも受け人れ側にも問題はあるにせよ,要は実行されなければ意味がない。お互いの努力の甲斐もないわけである。
どうしたら受け人れ側に提案を実行してもらって成果を上げてくれるかである。それには,1ヵ月間の診断提案調査ではダメで,実行してくれるまで会社に踏みとどまって,会社の人たちと一体になった,1〜3年という長期のコンサルティングによる実施を前提にして定着,フォローアップまでの態勢が必要であると考え,小野自らがコンサルタントの先頭に立ってモデル会社を開拓し,調査責任者として2年間の長期コンサルティングを開始した。昭和24年のことである。これ以来,能率協会のコンサルティング・パターンは一変し,会社側にもコンサルタント側にも多人の実績貢献,技術貢献をもたらすのである。そして実施成果なきコンサルティングは無意味であることを強調し,「完全サイクル」の概念をコンサルティング部内に定着させ,推進したのである。
 「完全サイクル」とは,コンサルティングの診断予備調査から改善構想,システ人設計,教育普及,実施移行,フォローアップ定着化までをコンサルティング・サイクルとして完全に推進させ,実施成果を確認してはじめてコンサルティング・サービスが完了するという考え方である。

 筆者も1社専門に1〜3年という長期コンサルティングを7〜8社ほど経験し,今もその会社との関係が続いている。