日本の能率を築いた人びと

執筆者:社団法人日本能率協会常務理事 中嶋誉富(当時)
本記事は、1987年「JMAジャーナル」において連載されたものを編集して掲載しています。
記事中の役職名や数字などは当時の原稿どおりとしています。

堀米建一 IE普及に賭けた鬼 1

工場管理のベースに日程短縮を

 堀米建一は大正12年早稲田の機械科を卒業し,鉄道省に入った。当時の鉄道工場は能率運動では先端的で造詣も深く,実績も大変優れていた。
 鉄道工場の仕事は主に修理作業で,当時50〜60日かかっていた。それが1925年には機関車,客車,貨車,電車の別なく,ほとんどが修理日数を1週間までにできるようになっていた。
 −にも二にも日程短縮を主眼に改善が進められ,現場で働く人にも,若い技術者にも,「日程短縮もできずに,何が工場管理か!! 何が能率改善か!!」という意識風土ができあがっていたのである。それは,山下興家(3月号参照)の指導によるものである。
 このような職場で,堀米はエアーブレーキの研究から修理作業まで経験し,27歳から約4年間現場主任として過ごすが,ここでの経験が,その後の彼の工場管理への取り組みの基本を築くことになる。堀米は日本の工場のほとんどは,時間観測をする前に,生産期間短縮を徹底的に集中して実施すれば,いくらでも利益は上がるはずだとして,まず物の回転,場所の回転,資本の回転を上げることをすべきだと強調した。

単価請負制度に悩む

 堀米は,「明治から大正にかけて,鉄道の先輩がよい工場管理風土を作ってくれていたが,最大の失敗は単価請負制度である」といっている。
 堀米も組立ての職場主任をしていたが,単価請負制度のため家を出てから帰るまで四六時中,単価,単価で,いったい何のためにこんなに苦しめられるのか,何のための仕事なのか,生きているのがわからなくなったとさえいって悩んでいた。
 仕事ごとに査定された単価があり,これに出来高をかけて報酬が決まるのであるが,単価の査定に科学的な根拠はなく,異なる他の仕事との調整が難しく,単価をめぐる不平不満が毎日のように出てくる。それに,働く者同士や労使間の感情のもつれまで加わり,どうにもならない。その上報酬の調整を図るための制限条件を決めたり,単価の切り下げをやるなど,何ら本質的な解決にならない施策に,不満はエスカレートするばかりで,やる気をなくし,真面目にやれば損をする,何のための仕事なのだろうかと,若き職場主任の心をさいなんだのである。
 堀米が,そんな状況でもがいていた昭和3年12月,欧米視察を終えて帰国した当時の工作局長山下興家が,作業研究(Time and Motion Study)による工場管理の革新を宣言し,請負問題の根本的解決と,そのための専門家養成に取りかかるのである。
 昭和4年,鉄道省23工場全体で作業研究の導入が行われ,日程を大幅に短縮した修理作業にもう一段と作業改善をやり,徹底したムダ排除をして標準化し,適性単価に迫ろうとしたのである。
 作業研究は単に時間観測して請負単価(標準時間)を決めることではない。徹底的に人,物,設備,エネルギー,時間,空間の無駄を排除し,科学的合理性を追求して,作業の安定を図ることでその作業方法を標準化する。これを時間的に表現したものが標準時間であり,単価の基礎をなすものである。
 単価に苦しめられて,単なる時間観測の無意味さを悟った現場管理の歴史からの所産なのである。たとえ単価が切り下がっても,各人の収人は決して減らない。というのは,作業の中のムダを排除して決められた単価によるからである。

作業研究専任者になる

 昭和4年,第1回の作業研究の会議が始まる前に,山下工作局長は各工場に通達を出した。「各工場で車輛修繕に対する作業研究を開始してもらうが,これを成功させるためには重人な決心がいる。それは,その担当者に各工場は第一人者を選ばねばならない。各工場長の選んだ担当者を見て,その工場長の工場管理に対する認識と関心の度合いを見定めることにするので最適任者を人選せよ」
 鉄道23工場の中でも工作局長のお膝元,しかも最優秀工場の1つであった人井工場から選ばれたのが堀米建一だったのである。
 大井工場では,作業研究は徹底した科学的合理性を追求し,あらゆる無駄を排除して作業の安定(品質と出来高と納期の保証)を図ることであると強調し,この過程を経ずに,改善なくして請負単価を設定することはしないという精神で発足した。
 結果は全国でも最優秀工場で,当時全国一斉に行った自動連結機の取替作業時間なども3分の1くらいの短縮ということで,全国の工場はもちろん,陸海軍工廠などからも熱心に見学・研修にくるほどであった。
 堀米は,昭和4年から昭和8年,日本工業協会に人るまでの約5年間,鉄道工場で作業研究に専任することになるのである。この間,出来高研究,余裕研究,そして職務給の研究を行うが,とくに職務給研究は日本の職務給研究のはしりであった。
 堀米の研究の姿勢は改善重点主義で,それは,分析はあくまで改善のための分析であり,改善につながらない分析は無意味であるということを強調したのである。