日本の能率を築いた人びと

執筆者:社団法人日本能率協会常務理事 中嶋誉富(当時)
本記事は、1987年「JMAジャーナル」において連載されたものを編集して掲載しています。
記事中の役職名や数字などは当時の原稿どおりとしています。

山下興家 日本能率協会の伝統底流を築く 2

作業研究の開始を宣言する

 当時、わが国でも時間研究(Time Study)や科学的管理法の考え方は、アメリカの先進的電気会社と資本的技術的に関係の強かった会社、たとえばウェスティングハウスと三菱電機、GEと東芝、ウェスタンエレクトリックと日電などでは、その資料を翻訳研究して実施されていたが、ほとんどが請負作業時間設定のためのWork Measurementで、しかも量産品が中心で、修理作業のように、その修理の程度や内容が標準化しにくいものにはあまり適用されていなかったのが、アメリカでは車輛修理に適用されているし,ドイツではマイスターがRefa Mappeなどの合理性と強力な実力で公平に進めているのを知り、これを研究すれば日本でも導入できると確信し、昭和3年12月、帰国後ただちに主力工場長会議を招集して、作業研究(Time and Motion Study)に基づく工場管理全般の革新と、全工場への展開を宣言して次のように方針を説明した。

(1) 欧米の進んだ工場では、Time and Motion Studyを導入し、作業の標準を決め、それに基づく生産管理や請負制度を実施し、非常な成果を上げている。鉄道工場でもこれを研究し大々的に導入したい。
(2)作業研究の専任担当者は工場内の第一級の適任者より選定し十分な教育を基礎に養成する。

 この山下方針の影には、山下の大井工場時代の請負制度のトラブルが焼きついており、「請負制度の問題解決なしには、工場管理なし」という請負制度への挑戦が秘められていた。

山下の作業研究への考え方

 国鉄時代に山下の感化で経営工学を志向した故都崎雅之助の言によれば、作業研究という日本語はTime and Motion Studyの訳語で、山下が国鉄で初めて使った言葉だといわれている。
 つまり、正しい作業時間を決める前提として、作業を十分改善し標準化するMethod Engineeringが重要で、作業の時間だけ測って作業時間を決めるのではない。ましてや、過去の実績平均など正しい作業時間にはならない。したがって作業研究を担当する人は、加工に必要な固有技術や各作業要素を十分に理解し、作業の速度をも見極める能力を身につけることが必要なので、このような専門技術者の養成が重要であると考え、教育と人選を重視したのである。当時、この山下方針により選ばれた専任および兼任の技術者は全国で150名を越えたといわれている。
 このメンバーは、今でいうIE技術者で、工作局23工場に2万余名の工場従業員がいたにせよ、一組織で150名を越えるlEerを養成したということはまさに画期的なことなのである。
 そして、これらの若い優秀な技術者にドイツやアメリカの膨大な参考文献を研究させ、工場別に課題を設定し、その研究結果を報告させるほか、ときどき東京に集めて山下自身の司会で、関係者に討議させ刺激的な技術会議を相互啓発の場として演出したのである。
 さらに、鉄道以外の専門家をも招請して研究に参加してもらい、効果的な指導援助を得ている。
 とくに初期にはウェスティングハウスに1年余出張してTime Studyを勉強した三菱電機の加藤威夫や、三菱経済研究所の野田信夫のRefa Mappe、さらに東大航空研の淡路園治郎の疲労研究などの援助を受けて進められたが、山下の主張は次のようなもので、その考え方は今も日本能率協会に生きている。

(1)各工場の選ばれた専門技術者を中心にする相互啓発により、鉄道工場の作業研究(今でいうIE)を体系化させること。
(2)IEの真髄本質を理解し、正しい時間を決めることの意義と重要性を認識すること。
(3)工作法、設備、治工具、作業方法などのプロセスの見直し改善なしに時間設定は行わないこと。
(4)作業管理と工程管理とは一体不離、密接不可分に検討さるべきであること。
(5)修理コストの低減と作業者の収入増とは矛盾しないこと。
(6)作業者の協力なしに能率運動はありえないこと。